無言で運転を続ける伊佐山の横顔を見つめる古藤。どこに行くのか聞いても一切答えないため諦めた。いったい何を考えているのか?
「そんなに見るなよ。いつもそうやって俺の顔見ていたよな」
「ああ。イイ顔しているなって思ってさ」
本当のことだった。古藤は伊佐山のワガママに振り回されても理不尽なことをされてもその顔を見ているだけで許せた。
それぐらい伊佐山の顔が好きだった。
「結局、俺の顔だけが好きだったんだよな」
「それの何が悪いんだよ。お前はそれを知っていて俺に理不尽なことをしていたんだろ。お互い様じゃないか。挙句に勝手に捨てられた俺のほうがみじめだ」
「……俺は顔に執着されるのがイヤだった。俺がお前に嫌なことをしていても結局すべて受け入れているところが悲しかった。対等なら嫌なことは嫌だって意思疎通するだろ。でもお前はしなかった。ただ俺の顔だけ見られれば良かったんだろ」
思いがけない伊佐山の言葉に唖然とした。
伊佐山は対等に向き合って欲しかったのか?
何されようが受け入れていたことが不満だったというのか。
「お前って生まれながらのマゾなのな。ウケる」
「そういうお前こそ生まれながらのサドだろ? 俺にヒドいことして楽しんでいたんだから」
「……楽しんでなんかねーよ。いつでも不満だったよ。お前、もし俺がマスクしてこの顔隠していても俺のこと抱けたかよ?」
伊佐山の言葉に返す言葉が浮かばなかった。腕の中で眉間にしわを寄せながら唇を半開きにし喘ぐ伊佐山の顔に興奮し、腰を打ち付けていたのは事実だ。
「ほら、図星だろ。結局俺の顔だけだったんだよな。俺の事全然知ろうともしなかったし」
「そんな不満を持っていたならお前こそ俺に言えばいいだろ。不満を意地の悪いやり方で俺にあたっていただけだろうよ」
「俺は伝えていたよ、いつも、どんな時も。俺が女に告白されて困ったって言っても、男女問わずモテて羨ましいなって軽く流していただろ。俺が女性に対してどれだけ嫌悪感があるかなんて聞きもしなかった」
梶田が言っていたことが思い出された。伊佐山は女性蔑視なのか?
「だから、ゼミで先輩に殴られたのか?」
「は? 知っていたのか。そうだよ、俺はミソジニーだよ。俺は女が嫌い。俺を生んだ母親が憎くて仕方ない」
古藤は知らなかった。いつも自信満々で、ブランド物に身を包み、高級車を乗り回す男に辛い過去があったというのか。
「今更、それをお前に話すつもりはないけどな。今、同じゼミの奴と付き合っているんだろ?」
「なんで知っているんだよ?」
「ベンチでキスしているの見たぞ」
「マジか!」
「お前、周りを見なさ過ぎ。あいつ一年の時同じ英語取っていたよな。まあいいけど。嫌なことは嫌だって伝えろよ。なんでも受け入れることが相手の為だとか思うなよ」
古藤は伊佐山に見られていたことを恥ずかしく思いつつ、何故こんなアドバイスをするのかよくわからなかった。
「お前からアドバイスもらうとはな」
「俺、来週から留学するんだ。帰ってくるころにはお前卒業していると思うからさ、最後の伝言」
「え、そうなのか……前からアメリカ行きたいって言っていたよな」
「そういうことは覚えているんだな」
「当たり前だろ。散々聞かされていつ別れることになるのか心配していたからな」
古藤の言葉に伊佐山は声をあげて笑う。
「ほら、一人で心配してそのことを俺に対して口にしなかっただろ。俺は言って欲しかったよ。そういうところ」
伊佐山の言葉がすんなり自分の中に入ってくる。
「これは別れのドライブってことか?」
「ま、そんなとこ。これでも三年弱愛し合っていたわけだからさ」
伊佐山は満足そうに一人で微笑んだ。
🔸🔸🔸
伊佐山の言葉を反芻しながら古藤は波喜のマンションに向かう。
波喜は連絡もせずに突然家に来た古藤に戸惑うが、家に上げる。
こんなことは初めてだ。
思いつめたような表情も気になる。
なにかよくないことを言われるのだろうかと不安に思いつつ部屋に上げる。
「どうしたんだよ。LINEでも電話でもしてくれればいいのに」
「話したいと思って来た」
波喜は古藤の何かを決心したかのような表情を読み取ろうとする。
「俺は波喜ともっと一緒に居たい。俺が居ようが居まいがお前は好きなことをしていても全然構わない。同じ空間で同じ空気を吸うだけでもいい。ワガママだと思われてもいい、お前の気持ちを尊重したいとも思っている。でも自分の気持ちを犠牲にすることとは違うとも思っている。これって横暴かな?」
波喜は無表情のまま古藤の話に耳を傾けていた。
古藤は波喜が何かを発するまでじっと待つ。
「……俺が好き勝手していることを尊重してくれているのはわかっている。そういうことを言葉で言うのが俺は苦手だから」
「……やっぱり嫌か」
「……」
波喜は古藤以外の人に対して向けるいつもの笑みを浮かべる。笑顔のシャッター。
古藤はこれが波喜の答えだと思った。
「波喜の気持ちはわかった。でもスッキリした。言いたいこと言えたから。お前に変にプレッシャーかけてごめんな。じゃ、行くわ」
波喜の顔を真正面から捉えることが出来ないまま、古藤は部屋を出て行こうとするが、何かを思い出したように後ろを振り返る。
「俺、梶田先輩と来月ロンドン行ってくるわ」
そう言い残してドアを閉めた。
波喜は閉められたドアを見つめていた。
どうして古藤の気持ちを受け入れられないのだろう。
あれだけ自分の事を尊重してくれているのに、自分は古藤に対して何も返せていない。
これだけ愛しているのに、一緒に居ると楽しくしょうがないのに、でも自分のペースと常に天秤にかけてしまう。
これで古藤が別れると言ってきたらと思うと耐えられない。
このドアを開けて古藤の後を追いかけるほどドラマチックな展開が出来ないこともわかっている。
八方塞がりな状況に陥っているのは自分のせいだということも十分理解していた。
「そんなに見るなよ。いつもそうやって俺の顔見ていたよな」
「ああ。イイ顔しているなって思ってさ」
本当のことだった。古藤は伊佐山のワガママに振り回されても理不尽なことをされてもその顔を見ているだけで許せた。
それぐらい伊佐山の顔が好きだった。
「結局、俺の顔だけが好きだったんだよな」
「それの何が悪いんだよ。お前はそれを知っていて俺に理不尽なことをしていたんだろ。お互い様じゃないか。挙句に勝手に捨てられた俺のほうがみじめだ」
「……俺は顔に執着されるのがイヤだった。俺がお前に嫌なことをしていても結局すべて受け入れているところが悲しかった。対等なら嫌なことは嫌だって意思疎通するだろ。でもお前はしなかった。ただ俺の顔だけ見られれば良かったんだろ」
思いがけない伊佐山の言葉に唖然とした。
伊佐山は対等に向き合って欲しかったのか?
何されようが受け入れていたことが不満だったというのか。
「お前って生まれながらのマゾなのな。ウケる」
「そういうお前こそ生まれながらのサドだろ? 俺にヒドいことして楽しんでいたんだから」
「……楽しんでなんかねーよ。いつでも不満だったよ。お前、もし俺がマスクしてこの顔隠していても俺のこと抱けたかよ?」
伊佐山の言葉に返す言葉が浮かばなかった。腕の中で眉間にしわを寄せながら唇を半開きにし喘ぐ伊佐山の顔に興奮し、腰を打ち付けていたのは事実だ。
「ほら、図星だろ。結局俺の顔だけだったんだよな。俺の事全然知ろうともしなかったし」
「そんな不満を持っていたならお前こそ俺に言えばいいだろ。不満を意地の悪いやり方で俺にあたっていただけだろうよ」
「俺は伝えていたよ、いつも、どんな時も。俺が女に告白されて困ったって言っても、男女問わずモテて羨ましいなって軽く流していただろ。俺が女性に対してどれだけ嫌悪感があるかなんて聞きもしなかった」
梶田が言っていたことが思い出された。伊佐山は女性蔑視なのか?
「だから、ゼミで先輩に殴られたのか?」
「は? 知っていたのか。そうだよ、俺はミソジニーだよ。俺は女が嫌い。俺を生んだ母親が憎くて仕方ない」
古藤は知らなかった。いつも自信満々で、ブランド物に身を包み、高級車を乗り回す男に辛い過去があったというのか。
「今更、それをお前に話すつもりはないけどな。今、同じゼミの奴と付き合っているんだろ?」
「なんで知っているんだよ?」
「ベンチでキスしているの見たぞ」
「マジか!」
「お前、周りを見なさ過ぎ。あいつ一年の時同じ英語取っていたよな。まあいいけど。嫌なことは嫌だって伝えろよ。なんでも受け入れることが相手の為だとか思うなよ」
古藤は伊佐山に見られていたことを恥ずかしく思いつつ、何故こんなアドバイスをするのかよくわからなかった。
「お前からアドバイスもらうとはな」
「俺、来週から留学するんだ。帰ってくるころにはお前卒業していると思うからさ、最後の伝言」
「え、そうなのか……前からアメリカ行きたいって言っていたよな」
「そういうことは覚えているんだな」
「当たり前だろ。散々聞かされていつ別れることになるのか心配していたからな」
古藤の言葉に伊佐山は声をあげて笑う。
「ほら、一人で心配してそのことを俺に対して口にしなかっただろ。俺は言って欲しかったよ。そういうところ」
伊佐山の言葉がすんなり自分の中に入ってくる。
「これは別れのドライブってことか?」
「ま、そんなとこ。これでも三年弱愛し合っていたわけだからさ」
伊佐山は満足そうに一人で微笑んだ。
🔸🔸🔸
伊佐山の言葉を反芻しながら古藤は波喜のマンションに向かう。
波喜は連絡もせずに突然家に来た古藤に戸惑うが、家に上げる。
こんなことは初めてだ。
思いつめたような表情も気になる。
なにかよくないことを言われるのだろうかと不安に思いつつ部屋に上げる。
「どうしたんだよ。LINEでも電話でもしてくれればいいのに」
「話したいと思って来た」
波喜は古藤の何かを決心したかのような表情を読み取ろうとする。
「俺は波喜ともっと一緒に居たい。俺が居ようが居まいがお前は好きなことをしていても全然構わない。同じ空間で同じ空気を吸うだけでもいい。ワガママだと思われてもいい、お前の気持ちを尊重したいとも思っている。でも自分の気持ちを犠牲にすることとは違うとも思っている。これって横暴かな?」
波喜は無表情のまま古藤の話に耳を傾けていた。
古藤は波喜が何かを発するまでじっと待つ。
「……俺が好き勝手していることを尊重してくれているのはわかっている。そういうことを言葉で言うのが俺は苦手だから」
「……やっぱり嫌か」
「……」
波喜は古藤以外の人に対して向けるいつもの笑みを浮かべる。笑顔のシャッター。
古藤はこれが波喜の答えだと思った。
「波喜の気持ちはわかった。でもスッキリした。言いたいこと言えたから。お前に変にプレッシャーかけてごめんな。じゃ、行くわ」
波喜の顔を真正面から捉えることが出来ないまま、古藤は部屋を出て行こうとするが、何かを思い出したように後ろを振り返る。
「俺、梶田先輩と来月ロンドン行ってくるわ」
そう言い残してドアを閉めた。
波喜は閉められたドアを見つめていた。
どうして古藤の気持ちを受け入れられないのだろう。
あれだけ自分の事を尊重してくれているのに、自分は古藤に対して何も返せていない。
これだけ愛しているのに、一緒に居ると楽しくしょうがないのに、でも自分のペースと常に天秤にかけてしまう。
これで古藤が別れると言ってきたらと思うと耐えられない。
このドアを開けて古藤の後を追いかけるほどドラマチックな展開が出来ないこともわかっている。
八方塞がりな状況に陥っているのは自分のせいだということも十分理解していた。

