手を繋がなくても、今日も愛おしい

「え、こんなに楽器出来るのか?」

 古藤は波喜が作成した自分史のレポートを読み、その人となりを知るようになった。レポートはパワポで作られ生まれた場所から通ってきた学校、両親の仕事から兄弟の有無、趣味や好きなこと、時系列にその時起こったエピソードが並べてあった。
 波喜に比べて古藤はテキスト一枚で完結した中身の薄い内容だった。

「これじゃ、全然wikiじゃないんだけど。そんなに薄っぺらい二十一年間だったのか?」

 波喜は詳細な自分史に比べて古藤の内容の薄さに残念に思った。やはり自分の気持ちと比べても古藤は何とも思っていないのではないかと悲しくなる。
 あの告白から一緒に過ごす時間は多くなったが、まだ付き合っているとは言えない関係だった。

 古藤は波喜と一緒にいるのは楽しかった。自分の興味のあることには時間の感覚が無くなるほど夢中になるのに、興味がないものには一切目もくれない。
 そのくせ、人が話したことは完璧に覚えていて、本人が忘れたことでさえ詳細に説明出来たりする。
 常に人に対して優しく接し、見知らぬ相手でも困っていれば躊躇することなく手を差し伸べるが、人付き合いは苦手なようで親しい友人もかなり少なく見える。
 一番の特徴は自ら口を開くことが極端に少ないことだ。
 あれだけ古藤への告白には饒舌だったのに、いざ親しくなるとほとんど自分から話し出すことはない。
 それも踏まえて何かと世話を焼きたくなる人、波喜はそういうタイプであった。

「歌うのも好きなのか?」
「うん。アコギで歌ったりするよ」
「え、今度俺のために歌ってよ」
「いいよ。古藤のリクエストに応えるよ」
「マジか! やった!」

 波喜は自分が好きなことに関してはよく話す。古藤は出来るだけ波喜の興味がありそうな話を振るように努力した。
 相手が好きな話題を探し、例え自分自身が大して興味がないことでも相手が喜んでくれたら嬉しい。
 これって完全に好きってことじゃないか? 古藤は自問自答する。

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 古藤が自分の興味がある話をしてくれていることが波喜は嬉しかった。自分でも口数が多くないとは思っていたが、古藤と一緒に居るとヘンに気を遣わずにずっと黙っていても心地よかった。
だが、古藤にとっては無言の時間は耐えられないようで、いろいろと話題を振ってくれる。
 申し訳ないと思いつつも自分で話を振ることは苦手だ。ただ、古藤が話したことは全て覚えている。それこそ1年の英語の授業で彼が話してくれたことは一期一句覚えている。それに対して異常に驚かれたが、好きな人が何をしたか何を話していたかを覚えているって当たり前のことではないのかなと不思議に思った。
 波喜は口数が少ない分、上手く自分の気持ちを伝えられないが古藤にはわかって欲しかった。どれだけ古藤のことが好きなのかということを。

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 中学、高校とバレーボールを続けていた古藤は背も高いが筋肉質のがっしりとした体型で、普通に歩いているだけでも迫力があり、道を譲られたりする。眉毛や目鼻がハッキリとしていることもあり、若干怖がられているとも言える。
 波喜は古藤よりも少し背は低いが、それでも二十台の平均身長よりかははるかに高い。古藤のようにスポーツをしてきたわけではないが、遺伝的に背が高いということであった。線が細く、あっさりとした上品な顔立ちで、とある韓国俳優に似ていると女子の中で話題にもなったことがあった。
 ただでさえ目立つ二人が常に一緒に街中を歩いていると、スカウトに声を掛けられることも多い。
 モデル事務所や芸能事務所もあるが、ホストクラブからの勧誘もあった。
 波喜は得意の笑顔を浮かべながらそつなくかわすが、古藤が悪気無く顔を向けると相手は睨まれたと思うのかひるむ場面も多々あった。
 そんな場面を見て波喜は楽しそうに笑った。

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大学近くの公園で買ってきたラテを飲みながら古藤は波喜にGWは何をするのか尋ねる。

「ゴールデンウィークかあ、たぶん引き籠ってギター弾いているよ」
「え? どこにも出ないのか?」
「うん。毎年そうだよ。夏休みも正月も。会う人もいないし」

 人付き合いが苦手にも程がある。さすがに古藤は言わずにはいられなかった。

「大学時代って、人生最後の自由時間なんだよ。そんな時間を無駄に過ごしていたのかよ!」

 波喜は古藤のあまりの迫力に蹴落とされ、若干引き気味になる。

「ど、どうしたの、古藤。珍しいなそんなに熱くなるなんて。俺のことは気にしなくていいよ。無駄にしているかどうかは自分で決めることだから」

 波喜は古藤に時間の無駄と言われて少し気分が悪くなる。
 古藤は波喜の言い切る言葉に強い意志を感じ、熱くなり過ぎたと反省した。

「ごめん、ウザいな俺」
「そんなことないよ。俺の事ヘンな奴だと思ったってことだろ」
「違うよ。俺はお前と一緒に過ごせればなって思って聞いたつもりだったんだけど、なんか違う方向にいっちゃったな」

 古藤は本音を吐いた。もっと波喜と過ごしたかった。せっかくの連休に二人だけで過ごしたいという気持ちが強くなっていたが、引き籠りがちの波喜を外の世界に連れ出すには思いのほかハードルが高かった。

「そっか……古藤と一緒に過ごせるならいいよ、どこにでも行く」

 古藤の本当の気持ちを聞いて波喜は驚く。
 一緒に過ごしたいのは自分も同じ気持ちだった。それが旅行という形で誘ってくれている。嬉しくないわけがない。

「え?」 

 恥ずかしそうに口にする波喜に古藤は驚く。

「ホントに? いいのか?」
「俺こういうの誘われたの初めてだから。それに好きな人と一緒に居られるってこれほど幸せなことないだろ」

 波喜がうつむきながらつぶやく横顔を見ながら、古藤は今まで言えないでいた言葉を吐く。

「波喜が好きだよ。ずっと言わなくてごめん。俺と付き合ってくれる? 恋人として」

 波喜は顔を上げると無表情のまま古藤をまじまじと見つめる。古藤は波喜のその表情に今更断られるのではないかと不安になる。

「……な、なんか言えよ……」

 不安になりつい口をついてしまう。

「だって、俺としてはとっくに恋人のつもりだったから……古藤は違ったのかってちょっとショック」

 嘘だった。波喜はずっと不安に思っていた。付き合っているのかいないのか、自分は告白したが古藤からは何も言われていない。でも一緒に居る時間は長い。だからあらためて告白されて少し意地悪をしたかった。

「え! えーそうなのか? え、いやだってこういうことハッキリ言わないとって思っていたから……そうか、なんだかゴメン」

 古藤は焦りまくり、四月だというのに真夏のように全身から汗が噴き出すのがわかった。
 そんな古藤の様子を楽し気に見つめていた波喜は右手で古藤の左手を握った。

「じゃあ、こうやってもいいよね」

 そう言うと指と指を交差させ恋人繋ぎをする。バレーボールをやっていた古藤の手はごつくて指も長く、下手したら華奢な波喜の指を握りつぶしてしまいそうに見える。

「やっぱり古藤の手はデカいな」

 波喜は繋いだままの手を空に向かって上げながら嬉しそうに話す。こんな些細なことで喜んでいる波喜を見て、古藤はより愛おしさが増した。