古藤は先輩である梶田を訪ねる。
ゼミで唯一の四年生男子である梶田は小学校二年生まで子役としてドラマや映画に出ていたことがあり、未だに役者業に未練があるようだ。大学でも演劇サークルに入りゼミが無い日は一日中稽古場という名の掘立て小屋に籠っている。
一見、世捨て人のように見えるが話すと明るく快活でエンタメの世界に関しての造詣も深い。古藤は先輩風を吹かずに対等に話をしてくれる梶田とは気が合った。
「で、結局卒論はどの戯曲にしたんすか?」
ゼミ室に顔を出さない梶田を探しに掘立て小屋に来た古藤。
「俄然悩み中。論じ易いのはやっぱりピーター・シェーファーのアマデウスなんだよなー。でもほとんどの女子がこれだと思うと、演劇人としてのプライドが許せない」
「なんすか、そのプライドって? 演劇サークルの部長としてのプライドっすか?」
先輩相手だが言いたいことを言ってしまうのが古藤の良いところでもあり、悪いところでもある。
「お前、俺相手だからそういう口叩いてもいいけどさ、他の奴らだったらボッコボコにされるぞ。伊佐山みたいに」
思いがけず伊佐山の名前が出て古藤の顔が引き攣る。
「……伊佐山がどうしたんですか?」
「あれ、お前仲よかったよなあ。知らないの? 先週かな、ゼミの飲み会で四年相手にミソジニーの持論かまして殴られたらしいよ」
「マジか……」
「あいつ、女性蔑視ヒドいのか? やたらと女にモテてる印象あるけどなー。なんかイイ車乗って大学来ているし、身に着けているものもハイブラみたいだし、それにあの顔。しかも殴ったのは四年の女子だよ」
古藤は伊佐山の思考は十分理解していた。その極端とも言える考え方に辟易することもあったが、逆にそのブレない意志が自分にはない部分で惹かれる要素でもあった。
「大学出て就職してからもああいう性格だと厳しいかもな。まあ、マトモに就職出来なさそうな俺には言われたくないだろうけど」
伊佐山の自信に満ちた顔が思い浮かぶ。
「でさあ、六月にロンドン行こうと思っているんだけど、お前らも行かないか?」
急に話の方向が変わり古藤は追いつけない。
「え、え? ロンドン? ってイギリスの?」
「当たり前だろ。そこらへんのクラブじゃないぞ。オフシーズンだからさ格安航空券とB&Bに泊まれば安く済むし。ウエストエンドで芝居を見尽くす。どう?」
どうと言われても、イギリスに行くなんてまったくもって考えたことがなかった。で、お前らって……?
「お前らって複数なのは?」
「お前と波喜くん。さすがに女子は誘えないだろ。彼にもお前から話してみてよ」
波喜と海外旅行! 先日のスタバでの件以来、波喜とはまともに口を聞いていない。波喜自身は何とも思ってなさそうだが、古藤が勝手に気まずくなっている。
「……幾らぐらいかかるんですか?」
「うーん、二十万円もあれば御の字じゃね?」
「に、二十万! 俺そんなにバイトで稼げてないっすよ」
「それぐらい親は出してくれないの? 就職したら返しますっていう体で」
確かに古藤の両親は息子のためならと塾や習い事など惜しみなく金を使ってくれたが、成人しても尚そこに頼るのはどうなんだろう。
「波喜くんも金銭的には厳しいかな? 彼の素性は全然わからないな」
古藤も梶田と同様に何の情報も持っていなかった。
「まあ、聞くだけ聞いてよ。で、お前も前向きに考えてみて」
古藤は掘立て小屋を出ると梶田から言われたことを反芻する。波喜の素性って……あの誰に対しても惜しみなく振りまく笑顔の裏の顔を知らない。知りたいような知りたくないような。知ったところでなんなんだという気持ちにもなる。
そんなことを考えていると前から波喜が歩いてくる。あの笑顔で。
「古藤―! 探していたんだよ」
「え? 俺を?」
「そうそう。話したいことがあって。梶田先輩の所に居るのかなと思ったら当たったね」
邪気のないその笑顔に思わず古藤の顔も緩む。
「なんだよ、話したいことって。ゼミのレポートの事?」
波喜は周りを見渡し、ベンチを見つける。
「立って話すのもあれだし、ちょっと座ろうよ」
あらためて二人でベンチに座ると、波喜は古藤の方に向きを変える。
「な…なんだよ」
波喜の視線に戸惑う古藤。
「お前が伊佐山と付き合っていたこと知っているよ。もう別れたことも」
唐突に伊佐山と付き合っていたことを口にされ古藤は唖然とする。
「な……お前何言っているの?」
「……ごめん。これもセクハラって言われるかな。でもどうしても言いたくて」
波喜が何を考えて言っているのか全くわからず、古藤はただただ混乱している。
「そ……それが何なんだよ。お前には関係ないだろ。男が好きな俺のことを揶揄いに来たのかよ」
自分が男を好きだと知られたこと、躊躇なく人のプライバシーに土足で上がる波喜のその無神経さに腹が立ってくる。
「お前、人に対して言っていいことと悪いことの分別ついているか? いくら友達だからって……」
そう言いかけて古藤は戸惑う。波喜とはゼミ仲間ではあるが友達というほど親しくはない。この表現は間違っている。
「俺はずっとお前のことが好きだった。ずっと、一年の頃から」
唐突にそう言われ、波喜の初めて見せる切羽詰まった表情に驚き、その発言の内容にも驚き、古藤はただただ呆然とする。
波喜が俺のことが好きだ? しかも一年の頃から? どういうことだ?
「一年の必修科目の英語で一緒になったこと覚えてない? あの時何人かでディベートやらなくちゃいけなくて、その時同じグループだったんだよ。俺は英語が苦手で正直全然ヤル気がなかったんだけど、お前がリード役請け負ってくれて一位が取れてAがもらえた。俺は愛想がいいとか、いつでも笑顔だとか言われているけどそれは表向き人と対立したくない、自分の本当の姿を見せたくない気持ちが強くて、いわゆる笑顔のシャッターを下ろしているんだ。でも、お前は人に対して全方位で愛情を持って世話してくれる。俺とは真逆な優しさに惹かれた」
古藤は波喜の告白に戸惑っていた。
笑顔のシャッター? 全方位の愛情? 何を言っているんだ?
「ちょ、ちょっと待って。え、同じクラスだったっけ? 確かにディベートのリーダーはやったけどお前が居たこと全然覚えてない」
そう、覚えているわけがない。同じグループにいた伊佐山しか目に入ってなかったからだ。
古藤の目には伊佐山以外はただのモブとしか映っていなかった。だから波喜が居たという事実に驚いている。
「うん。全然俺のこと見えてないと思ったよ。だって、伊佐山がいたじゃん。お前の視線は常に伊佐山に注がれていたから」
他人からもそんなにあからさまに映っていたことが恥ずかしくなる。じゃあ、同じグループに居た女子達も気づいていたのか?
「だからね、俺が幾ら好きになっても絶対無理だなって諦めた。でも未だに気持ちの整理がつかなくて、で今日を迎えた」
思わず古藤はゴクリと唾を飲んだ。
「……伊佐山と別れたから告白したってことか?」
「うん。古藤が好きだよ」
波喜が瞳をウルませながら直球を投げる。投げられた古藤は受けとることが出来ずに答えに窮する。
「お、俺は……」
「わかっている。伊佐山と別れたばかりだもんね。すぐに次の相手なんてわけにはいかないよね。それに俺のこともよく知らないから、いきなりこんなこと言われて引くよね、実際」
笑みを浮かべ何もかもお見通しかのような振る舞いをする波喜を古藤はじっと見つめる。
これが笑顔のシャッターか。自分が傷つかないようにするための防御壁。
「じゃあ、お前の事教えろよ。Wikipedia並みに生まれた時から今に至るまでのことを。俺もお前に教えるから」
その言葉に波喜の笑顔が消え、真剣な眼差しを古藤に向ける。
「ホントに? 俺のこと知りたいの? 俺は古藤のことを誰よりも知りたいけど」
「おお。お互いにぶちまけようや」
波喜の笑顔が弾けた。常に浮かべている笑みではなく心の底から湧き出してくるような笑顔。その笑顔を目にした古藤の心の中でも何かが弾けた。
思わず波喜の頭を引き寄せると唇を合わせた。波喜は抵抗することなく唇を開き古藤の舌を受け入れた。ここが大学キャンパスの中だということも、もうすぐ3限目の授業が終わる時間だということも二人の頭の中の片隅にも残ってなかった。
🔸🔸🔸
波喜は古藤がゼミの先輩である梶田のもとをよく訪ねていることは知っていた。恐らく今日も行っているはずと踏んで、掘立て小屋のそばで待ち伏せしていた。予測通り小屋から出てきた古藤を見つけ近づく。
古藤が伊佐山と付き合っていることは知っていた。伊佐山を狙っていた女子が教えてくれた。
「伊佐山くんが男を好きって時点で終わっているんだけど」
「どういうこと?」
「え? この間表参道で伊佐山くんを見かけて後つけていたら、後ろにデカい男がいてさあ。なんだっけ同じ学年だよ。顔が濃い、ちょっと怖そうなデカい男」
その特徴から波喜は古藤だとピンときた。古藤と伊佐山と同じ英語の授業を取っていた時、古藤の視線が伊佐山から離れることはなかったから。その時から彼は男が好きで、その好きな相手は伊佐山だと思っていた。
「へーそういう人いるんだ。でもそれってただの友達なんじゃないの?」
波喜は既に結論はわかっているのに、あえて否定して欲しい気持ちで聞く。
「だって、ただの友達に対してあんな笑顔向ける? 別にイチャイチャしているわけじゃないけど、なんかもうわかっちゃうのよ、そういうの。それにそのデカい男が伊佐山くんのこと守るように車が通るときに肩ひいて場所変えたんだよ? そんなこと男同士のダチがやらないでしょ。ショックー」
段々、口が悪くなる女子の言葉に呆れながらもその鋭い指摘にショックを受けていた。本当に付き合っているんだ……
その伊佐山と別れた。その事実も同じ女子から聞いた。彼女はこれでアプローチ出来ると喜んでいたが、同じゼミで伊佐山の発言によって場が最悪になったことで気持ちが覚めたようだ。
「伊佐山くん別れたんだって。この間のゼミの飲み会で誰かいい子いない? 付き合おうよって騒いでいたけど無理だわ。伊佐山くんかなり怖い。四年の先輩、しかも女子だよ。その人に殴られるって意味わかんない」
波喜は伊佐山がトラブルを起こした話よりも、古藤がフリーになったことにしか興味がなかった。
波喜は古藤にいきなり伊佐山の話をすべきではなかったと後悔したが、告白することに焦り過ぎて自分の中で何を話すべきか整理が出来ていなかった。明らかに機嫌を損ねた古藤に対して唐突に告白した。
「俺はずっとお前のことが好きだった。ずっと、一年の頃から」
古藤の反応は想像通りだった。そう、古藤は伊佐山以外の人が視線の先にはなかったから。でも好きになった。自分にはないオープンな優しさ。自分の内向的な姿を胡麻化すために常に面白くも楽しくもないのに笑顔を浮かべている自分との差。
波喜は古藤があからさまな拒否感を現さなかったのが意外だった。
「じゃあ、お前の事教えろよ。Wikipedia並みに生まれた時から今に至るまでのことを。俺もお前に教えるから」
そう言われ嬉しくなった。自分の事を知りたいと思ってくれていることは少なくとも興味を持ってくれたということだとポジティブに受け止めた。
ただその後にいきなりキスをされたことは全く想像していなかった。波喜にとっては初めてのキスで、しかも初めて好きになった人とのキス。これで最終的に自分を受け入れてもらえなかったら、どうやって生きていいのかすらわからなかった。
ゼミで唯一の四年生男子である梶田は小学校二年生まで子役としてドラマや映画に出ていたことがあり、未だに役者業に未練があるようだ。大学でも演劇サークルに入りゼミが無い日は一日中稽古場という名の掘立て小屋に籠っている。
一見、世捨て人のように見えるが話すと明るく快活でエンタメの世界に関しての造詣も深い。古藤は先輩風を吹かずに対等に話をしてくれる梶田とは気が合った。
「で、結局卒論はどの戯曲にしたんすか?」
ゼミ室に顔を出さない梶田を探しに掘立て小屋に来た古藤。
「俄然悩み中。論じ易いのはやっぱりピーター・シェーファーのアマデウスなんだよなー。でもほとんどの女子がこれだと思うと、演劇人としてのプライドが許せない」
「なんすか、そのプライドって? 演劇サークルの部長としてのプライドっすか?」
先輩相手だが言いたいことを言ってしまうのが古藤の良いところでもあり、悪いところでもある。
「お前、俺相手だからそういう口叩いてもいいけどさ、他の奴らだったらボッコボコにされるぞ。伊佐山みたいに」
思いがけず伊佐山の名前が出て古藤の顔が引き攣る。
「……伊佐山がどうしたんですか?」
「あれ、お前仲よかったよなあ。知らないの? 先週かな、ゼミの飲み会で四年相手にミソジニーの持論かまして殴られたらしいよ」
「マジか……」
「あいつ、女性蔑視ヒドいのか? やたらと女にモテてる印象あるけどなー。なんかイイ車乗って大学来ているし、身に着けているものもハイブラみたいだし、それにあの顔。しかも殴ったのは四年の女子だよ」
古藤は伊佐山の思考は十分理解していた。その極端とも言える考え方に辟易することもあったが、逆にそのブレない意志が自分にはない部分で惹かれる要素でもあった。
「大学出て就職してからもああいう性格だと厳しいかもな。まあ、マトモに就職出来なさそうな俺には言われたくないだろうけど」
伊佐山の自信に満ちた顔が思い浮かぶ。
「でさあ、六月にロンドン行こうと思っているんだけど、お前らも行かないか?」
急に話の方向が変わり古藤は追いつけない。
「え、え? ロンドン? ってイギリスの?」
「当たり前だろ。そこらへんのクラブじゃないぞ。オフシーズンだからさ格安航空券とB&Bに泊まれば安く済むし。ウエストエンドで芝居を見尽くす。どう?」
どうと言われても、イギリスに行くなんてまったくもって考えたことがなかった。で、お前らって……?
「お前らって複数なのは?」
「お前と波喜くん。さすがに女子は誘えないだろ。彼にもお前から話してみてよ」
波喜と海外旅行! 先日のスタバでの件以来、波喜とはまともに口を聞いていない。波喜自身は何とも思ってなさそうだが、古藤が勝手に気まずくなっている。
「……幾らぐらいかかるんですか?」
「うーん、二十万円もあれば御の字じゃね?」
「に、二十万! 俺そんなにバイトで稼げてないっすよ」
「それぐらい親は出してくれないの? 就職したら返しますっていう体で」
確かに古藤の両親は息子のためならと塾や習い事など惜しみなく金を使ってくれたが、成人しても尚そこに頼るのはどうなんだろう。
「波喜くんも金銭的には厳しいかな? 彼の素性は全然わからないな」
古藤も梶田と同様に何の情報も持っていなかった。
「まあ、聞くだけ聞いてよ。で、お前も前向きに考えてみて」
古藤は掘立て小屋を出ると梶田から言われたことを反芻する。波喜の素性って……あの誰に対しても惜しみなく振りまく笑顔の裏の顔を知らない。知りたいような知りたくないような。知ったところでなんなんだという気持ちにもなる。
そんなことを考えていると前から波喜が歩いてくる。あの笑顔で。
「古藤―! 探していたんだよ」
「え? 俺を?」
「そうそう。話したいことがあって。梶田先輩の所に居るのかなと思ったら当たったね」
邪気のないその笑顔に思わず古藤の顔も緩む。
「なんだよ、話したいことって。ゼミのレポートの事?」
波喜は周りを見渡し、ベンチを見つける。
「立って話すのもあれだし、ちょっと座ろうよ」
あらためて二人でベンチに座ると、波喜は古藤の方に向きを変える。
「な…なんだよ」
波喜の視線に戸惑う古藤。
「お前が伊佐山と付き合っていたこと知っているよ。もう別れたことも」
唐突に伊佐山と付き合っていたことを口にされ古藤は唖然とする。
「な……お前何言っているの?」
「……ごめん。これもセクハラって言われるかな。でもどうしても言いたくて」
波喜が何を考えて言っているのか全くわからず、古藤はただただ混乱している。
「そ……それが何なんだよ。お前には関係ないだろ。男が好きな俺のことを揶揄いに来たのかよ」
自分が男を好きだと知られたこと、躊躇なく人のプライバシーに土足で上がる波喜のその無神経さに腹が立ってくる。
「お前、人に対して言っていいことと悪いことの分別ついているか? いくら友達だからって……」
そう言いかけて古藤は戸惑う。波喜とはゼミ仲間ではあるが友達というほど親しくはない。この表現は間違っている。
「俺はずっとお前のことが好きだった。ずっと、一年の頃から」
唐突にそう言われ、波喜の初めて見せる切羽詰まった表情に驚き、その発言の内容にも驚き、古藤はただただ呆然とする。
波喜が俺のことが好きだ? しかも一年の頃から? どういうことだ?
「一年の必修科目の英語で一緒になったこと覚えてない? あの時何人かでディベートやらなくちゃいけなくて、その時同じグループだったんだよ。俺は英語が苦手で正直全然ヤル気がなかったんだけど、お前がリード役請け負ってくれて一位が取れてAがもらえた。俺は愛想がいいとか、いつでも笑顔だとか言われているけどそれは表向き人と対立したくない、自分の本当の姿を見せたくない気持ちが強くて、いわゆる笑顔のシャッターを下ろしているんだ。でも、お前は人に対して全方位で愛情を持って世話してくれる。俺とは真逆な優しさに惹かれた」
古藤は波喜の告白に戸惑っていた。
笑顔のシャッター? 全方位の愛情? 何を言っているんだ?
「ちょ、ちょっと待って。え、同じクラスだったっけ? 確かにディベートのリーダーはやったけどお前が居たこと全然覚えてない」
そう、覚えているわけがない。同じグループにいた伊佐山しか目に入ってなかったからだ。
古藤の目には伊佐山以外はただのモブとしか映っていなかった。だから波喜が居たという事実に驚いている。
「うん。全然俺のこと見えてないと思ったよ。だって、伊佐山がいたじゃん。お前の視線は常に伊佐山に注がれていたから」
他人からもそんなにあからさまに映っていたことが恥ずかしくなる。じゃあ、同じグループに居た女子達も気づいていたのか?
「だからね、俺が幾ら好きになっても絶対無理だなって諦めた。でも未だに気持ちの整理がつかなくて、で今日を迎えた」
思わず古藤はゴクリと唾を飲んだ。
「……伊佐山と別れたから告白したってことか?」
「うん。古藤が好きだよ」
波喜が瞳をウルませながら直球を投げる。投げられた古藤は受けとることが出来ずに答えに窮する。
「お、俺は……」
「わかっている。伊佐山と別れたばかりだもんね。すぐに次の相手なんてわけにはいかないよね。それに俺のこともよく知らないから、いきなりこんなこと言われて引くよね、実際」
笑みを浮かべ何もかもお見通しかのような振る舞いをする波喜を古藤はじっと見つめる。
これが笑顔のシャッターか。自分が傷つかないようにするための防御壁。
「じゃあ、お前の事教えろよ。Wikipedia並みに生まれた時から今に至るまでのことを。俺もお前に教えるから」
その言葉に波喜の笑顔が消え、真剣な眼差しを古藤に向ける。
「ホントに? 俺のこと知りたいの? 俺は古藤のことを誰よりも知りたいけど」
「おお。お互いにぶちまけようや」
波喜の笑顔が弾けた。常に浮かべている笑みではなく心の底から湧き出してくるような笑顔。その笑顔を目にした古藤の心の中でも何かが弾けた。
思わず波喜の頭を引き寄せると唇を合わせた。波喜は抵抗することなく唇を開き古藤の舌を受け入れた。ここが大学キャンパスの中だということも、もうすぐ3限目の授業が終わる時間だということも二人の頭の中の片隅にも残ってなかった。
🔸🔸🔸
波喜は古藤がゼミの先輩である梶田のもとをよく訪ねていることは知っていた。恐らく今日も行っているはずと踏んで、掘立て小屋のそばで待ち伏せしていた。予測通り小屋から出てきた古藤を見つけ近づく。
古藤が伊佐山と付き合っていることは知っていた。伊佐山を狙っていた女子が教えてくれた。
「伊佐山くんが男を好きって時点で終わっているんだけど」
「どういうこと?」
「え? この間表参道で伊佐山くんを見かけて後つけていたら、後ろにデカい男がいてさあ。なんだっけ同じ学年だよ。顔が濃い、ちょっと怖そうなデカい男」
その特徴から波喜は古藤だとピンときた。古藤と伊佐山と同じ英語の授業を取っていた時、古藤の視線が伊佐山から離れることはなかったから。その時から彼は男が好きで、その好きな相手は伊佐山だと思っていた。
「へーそういう人いるんだ。でもそれってただの友達なんじゃないの?」
波喜は既に結論はわかっているのに、あえて否定して欲しい気持ちで聞く。
「だって、ただの友達に対してあんな笑顔向ける? 別にイチャイチャしているわけじゃないけど、なんかもうわかっちゃうのよ、そういうの。それにそのデカい男が伊佐山くんのこと守るように車が通るときに肩ひいて場所変えたんだよ? そんなこと男同士のダチがやらないでしょ。ショックー」
段々、口が悪くなる女子の言葉に呆れながらもその鋭い指摘にショックを受けていた。本当に付き合っているんだ……
その伊佐山と別れた。その事実も同じ女子から聞いた。彼女はこれでアプローチ出来ると喜んでいたが、同じゼミで伊佐山の発言によって場が最悪になったことで気持ちが覚めたようだ。
「伊佐山くん別れたんだって。この間のゼミの飲み会で誰かいい子いない? 付き合おうよって騒いでいたけど無理だわ。伊佐山くんかなり怖い。四年の先輩、しかも女子だよ。その人に殴られるって意味わかんない」
波喜は伊佐山がトラブルを起こした話よりも、古藤がフリーになったことにしか興味がなかった。
波喜は古藤にいきなり伊佐山の話をすべきではなかったと後悔したが、告白することに焦り過ぎて自分の中で何を話すべきか整理が出来ていなかった。明らかに機嫌を損ねた古藤に対して唐突に告白した。
「俺はずっとお前のことが好きだった。ずっと、一年の頃から」
古藤の反応は想像通りだった。そう、古藤は伊佐山以外の人が視線の先にはなかったから。でも好きになった。自分にはないオープンな優しさ。自分の内向的な姿を胡麻化すために常に面白くも楽しくもないのに笑顔を浮かべている自分との差。
波喜は古藤があからさまな拒否感を現さなかったのが意外だった。
「じゃあ、お前の事教えろよ。Wikipedia並みに生まれた時から今に至るまでのことを。俺もお前に教えるから」
そう言われ嬉しくなった。自分の事を知りたいと思ってくれていることは少なくとも興味を持ってくれたということだとポジティブに受け止めた。
ただその後にいきなりキスをされたことは全く想像していなかった。波喜にとっては初めてのキスで、しかも初めて好きになった人とのキス。これで最終的に自分を受け入れてもらえなかったら、どうやって生きていいのかすらわからなかった。



