……寵愛を勝ち取るのは簡単よ。

 可馨は妓女として色を売らなかったものの、その技術は老婆より伝授されている。芸だけで勝ち取ってきた人々の注目を忘れることはできないだろう。

 可馨は妓女ではない。

 楊家の三女だ。妓女だったことを知る男は少なくはないものの、後宮に入れば、それを知る者はいない。

 後宮は男子禁制だ。出入りができるのは宦官となった男だけである。

 宦官は妓楼を利用しない。

「はい、母上」

 可馨は返事をした。

 幼い子どものように純粋な目を母親に向けると、母親は気味が悪そうな顔をした。

「母上の言う通りにいたします」

 可馨の言葉を聞き、母親は抱きしめるのをやめた。

 必要ないと判断したのだろう。

 仲の良い親子を演じる必要はない。可馨は純粋に両親を信じる子どもを演じることができる。

「……お前は恐ろしい子ね」

 母親は小さな声で呟いた。

 この部屋には二人しかいない。それなのに、人に聞かれることを警戒しているようだった。

「なんのことでしょう」

 可馨は笑う。

 演技をするのならば、徹底的に行う。それが可馨の生き残るための術だ。

「世間知らずの私にはなにもわかりませんわ」

 可馨の言葉に母親は一歩後ろに下がった。

 ……母上は気味が悪いような目で私を見る。

 いつものことだ。三年前となにも変わらない。

 欲深い性格をしている可馨のことを母親は好んではいなかった。しかし、姉たちが嫁入りをした今となっては可馨を手元に引き戻すしか方法はなかった。

 ……慣れているわ。

 その視線を気にする必要はない。

 どうせ、すぐに後宮に連れていかれるのだ。

「陛下は若い子を好むわ」

「はい」

「その美貌で虜にしなさい。それがお前の役目よ」

 母親の言葉に対し、可馨は静かに頷いた。