「もちろんよ、可馨。あなたは誰よりも美しく、誰よりも気弱で守ってあげたくなる楊家の宝だもの」

 母親は肯定した。

 それから優しく抱きしめる。

 ……母上が優しいのは気味が悪い。

 母親は躾に厳しかった。

 高飛車な性格をしていた幼い頃の可馨は、頻繁に母親に怒られて泣いていた。幼い頃の記憶によるものだろうか。母親は厳しく恐ろしい存在だった。

 そんな母親に抱きしめられたのは幼少期以来だろう。

 はっきりとした記憶はない。もしかしたら、抱きしめられたことはなかったかもしれない。それほどにおぼろげな記憶の中、可馨は母親を抱きしめる。

 ……妃賓に選ばれたことがそれほどに嬉しいのか。

 皇帝の妃は大勢いる。

 その中でも有力視されているのは第一公子の母親である王(オウ) 朱亞(シュア)だ。位は昭儀であり、四夫人の次の権力を握っている。

 ……男の子を生まなければ。

 そうしなければ、スタート地点に立つことすらもできない。

「母上の言う通りにいたします」

 可馨は弱弱しい声で呟いた。

 両親に忠実な子を演じるのだ。妓女として培ってきた演技力を生かし、可馨は母親すらも騙す。

「私はどうすればいいのでしょうか?」

「舞を披露しなさい。そして、楊家の三女として皇帝に寄り添うのよ」

「そうすれば、子を授かれますか?」

 可馨の問いかけに対し、母親は驚いたようだった。

 ……子を授かったところで、皇太子は決まっている。

 皇太子は第一公子だ。

 第一公子は五歳ではあるものの、母親の朱亞が皇帝の寵愛を受けていることもあり、すぐに皇太子に内定をした。

 ……邪魔ね。

 後宮では大人しい女性を演じなければならない。

 皇帝の好みは自己主張の激しい女性ではなく、気弱で大人しい女性だ。

「寵愛を勝ち取りなさい。そのための手段は選んではいけないわ」

 母親は答える。

 その言葉を聞き、可馨は頷いた。