「可馨!」

 楊家に到着すると待ち構えていたのは母親だった。

 三年前、財政難を立ち直すために可馨を妓楼に売ることを真っ先に提案した母親は、涙を流して迎え入れた。まるでこの日を待っていたかのような演出に対し、可馨は求められていることがわかっていると言わんばかりの笑みを浮かべ、母親を抱きしめた。

「母上。ただいま、戻りました」

「わたくしのかわいい娘、よく、戻ってきてくれたわ。さあ、中に入りましょう」

「はい。母上」

 可馨は両親に逆らわない。

 李帝国では皇帝の次に逆らってはいけないのは両親だと決まっている。親の言う通りに生きることが子どもの務めであり、子どもの幸せにつながると信じられているからだ。

 三年前まで使っていた部屋に案内されると、すぐに着替えさせられる。

 妓女の服は捨てられ、楊家の三女としてふさわしい服装に着替えさせられた。

 ……皇帝の臣下になるとは、これほどの財力をもたらすのか。

 感心した。

 すべては武官に取り立てられた憂炎と、憂炎の功績により出世をした父親の財力によるものだろう。

 質のいい服に身を包み、可馨は思わず笑みを零してしまった。

 着替えを見守っていた母親はその笑みに目を見開く。

「陛下にも同じように笑いかけなさい」

「はい、母上」

「あなたは楊家の引きこもりの三女よ。気弱で大人しく、人見知りの子なの。それゆえに絶世の美女だと知られずに生きてきたのよ。いいわね」

 母親は可馨の設定を語る。

 ……演じるのは得意よ。

 妓女として妖艶に演じてきた。

 それを人見知りの気弱な16歳の少女に切り替えるだけの話だ。

 年相応の幼い笑みを浮かべてみせれば、母親は納得したように頷いた。

「母上」

 可馨は困ったように母親を呼んだ。

 演技は始まっている。

「陛下の妃賓など、私に務まるでしょうか」

 可馨の言葉に対し、母親は驚いたような顔をした。

 母親は可馨の欲深い性格を知っている。誰よりも欲深く、自尊心が高い高飛車な性格をしていた。それが一瞬で気弱な美女に変わったのだ。