……従うしかないか。

 可馨は父親の後ろを歩く。

 妓女として培ってきた三年間を捨てるわけではない。妓女として培ってきた技術を用いて皇帝の寵愛を得るのだ。そのためには大事に守り抜いてきたものを捨てなければならない。

 皇帝の子を産むためだ。

 それほどに光栄なことはない。

「父上」

 可馨は先を歩く父親に声をかけた。

 それに対し、父親は反応しない。

「憂炎兄上のように役に立ってみせます」

 可馨の言葉は父親の耳に届いたのだろうか。

 なにも反応を示さない父親に対し、可馨は口を閉ざした。

 妓楼は賑やかだ。舞を披露する妓女が一人、いなくなったところで妓楼の賑わいが掻き消えるわけではない。誰かが梅花の不在に気づくのはまだまだ先の話だろう。

 梅花は妓女だ。

 妓女は突然姿を消すものである。その多くは病のために命を落とす者ばかりではあったが、梅花のように迎えが来る者も少なくはない。

 ……地位は高くはないだろう。

 楊家は名門ではない。

 四大世家のように代々四夫人として召し抱えられることが決まっている家系ではなく、朱家に仕えることが許された家系だ。とはいえ、朱家の中では楊家の印象は薄く、召使のような使用人にすぎない。

 それでも、可馨は夢を抱く。

 四夫人は皇后にはなれない。

 李帝国の基盤である麒麟の加護を得られるのは皇帝の一族だけであり、四大世家は麒麟の加護を得ることができない。可馨はその理由を知らなかったものの、これは絶好の機会だった。

 ……皇太后に上り詰めれば、私の勝ちだ。

 将来、産む子を皇帝にすればいい。

 それを背後から支える皇帝の母、皇太后の座を手に入れれば、李帝国でもっとも地位の高い女性になることができる。

 この日、梅花という妓女はいなくなった。

 代わりに家にこもりがちで姿を見せなかったという楊家の三女が、三年ぶりに表舞台に立つことになった。