「楊 憂炎(ユーエン)が武官に選ばれた」

「それはおめでとうございます」

「陛下付きの武官だ。実に優秀な息子だろう」

 父親は憂炎の自慢をしにきたわけではないだろう。

 憂炎は可馨の三歳上の兄だ。幼い頃から武芸に長けており、武官に抜擢されたのだろう。父親もそれに伴い、出世をしたのに違いない。

 ……なにが言いたいのか。

 可馨は父親の言葉を待つ。

 可馨の欲深い性格は父親譲りだ。妓女として高みに立つことでしか、売られた屈辱を晴らす方法はなかった。

「後宮妃になれ」

 父親は権力に目が眩んだのだろう。

 後宮の妃賓にするために、わざわざ、人目を盗んで妓楼に足を運んだのだ。

「……私は妓女です。皇帝の妃になる身分ではありません」

 可馨は首を左右に振った。

 ……皇帝の妃か。

 欲が出てしまう。

 皇帝の妃に選ばれれば、今とは比べ物にならないほどの贅沢な日々が待っているだろう。なにより、皇帝の子を産めば、皇太后になるという夢も叶うかもしれない。夢のまた夢であった誰よりも高い地位を手にする機会が目の前に転がり込んできた。

 ……妓女でなければ。

 身元を引き受けてくれさえすれば、夢は叶う可能性が出てくる。

 しかし、それを簡単には口にしない。父親にすらも欲がばれることを恐れたのだ。

「それは心配いらない」

 父親は笑った。

 なにを心配しているのだとバカにするような笑い声が客室に響く。

「梅花はおしまいだ。お前は楊 可馨なのだから」

 父親はそういうと立ち上がった。

「話はつけてある。さっさと妓楼から立ち去ろう」

 父親は老婆と話を進めていたのだろう。

 妓女、梅花の身元を引き取ったのだ。

 ……なんて都合のいいこと。

 可馨は立ち上がる。

 楊家の財政難のために妓楼に売られて三年が経った。財政難は兄が武官に選ばれたことにより立ち直り、今度は女が必要になったから引き取りに来たのだろう。