「楊充媛」

 梓豪は可馨の髪に口付けをする。

 ……かっこいいわね。

 惚れてしまった弱味だろうか。

 なにをしてもかっこいいと思ってしまう。

 ……陛下。

 心の中で梓豪を呼ぶ。

 髪を離した梓豪はまっすぐな目で可馨を見る。

「お前を妃賓に迎えたのは私の誇りだ」

「ありがとうございます、陛下」

「楊宰相の言葉を信じてよかった」

 梓豪の言葉に可馨は目を見開いた。

 一瞬のことだったため、梓豪は気づかなかったようだ。

 ……宰相まで上り詰めていたとは。

 兄が気に入られ、父も大出世をしたとは知っていた。しかし、中央管制である政治の中心人物となる複数人いる宰相の一人に抜擢されているとは思わなかった。

 ……宰相の娘を後宮入りさせるのは当然のことか。

 美貌を買われたわけではない。

 宰相の娘であったから初日は顔を出したのだろう。そこから、傾国の美女と呼ぶべき可馨の魅力に憑かれたように毎日通っている。

「父も喜んでいると思います」

 可馨は大人しい。

 家族の話題となっても、穏やかに話をする。

 そういったところが、日々政治で頭を悩ませている梓豪にとって、癒しとなったのだろう。穏やかで心優しい人物を演じ続けるのは苦痛ではなかった。一年もすればそれが本性のように振る舞うことができる。

 ……皇太后になりたいわ。

 不意に頭を過った欲をかき消せなかった。

 ……この子を皇帝にすれば叶う夢よ。

 夢を描いてしまった。

 そのためには敵となる第一公子と第二公子の命を狙わなければならない。後宮ではよくある話だ。しかし、成功する例は少ない。

 抱いてしまった欲がばれないように、可馨は優しい笑顔を繕った。

 ……そのためには、陛下を利用しなければいけないわね。

 恋心を寄せている人さえも利用する。目的のためならば手段を選ばない。それが可馨だった。