「子涵」

 可馨は与えられた子の名を呼ぶ。

 愛おしくてしかたがなかった。

「泣かないでちょうだい」

 可馨は優しく抱きしめる。

 生まれてきたばかりの我が子はなにもわからない。それを知りながらも、優しい母を演じる。気弱な女性を演じることを忘れず、困ったような顔をして子涵を抱いていた。

「子は泣くのが仕事だ」

「そうなのですか?」

「そうだ。だから、好きなように泣かせておけ」

 梓豪の言葉に可馨は頷いた。

 ……慣れているわね。

 第一公子と第二公子の時も見守っていたのだろうか。

 37歳にしては子宝に恵まれていない。

 一度、執着をすると同じ宮にばかり通う影響があるのだろうか。同時に寵愛を受ける妃賓はいなかった。一年の間、ほとんどの夜を可馨と過ごしている。

 ……寵愛を受け続けなければ。

 子涵のためには必要不可欠のことだ。

 寵愛を受けなくなった妃賓の扱いはかわいそうなものだ。再び、寵愛を受けようと必死に化粧や衣裳に気を遣う妃賓を見て来た。それでも、再び目を向けられることはなかった。

 可馨はそうなりたくはなかった。

 常に一番でなければ気が済まない。

「陛下」

 可馨は甘えた声をだす。

 それに対し、梓豪は露骨なまでに反応をする。

「子どもはかわいいものですわね」

「そうだろう」

「陛下によく似ている子に育ちますわ」

 可馨は優しく微笑んだ。

 気の弱い少女を演じる。

「でも、一人では育てられるか、不安ですわ」

「私がいる。一人ではない」

「陛下。なんて心強いお言葉でしょう。ありがとうございます」

 可馨は思ってもいない言葉を口にする。

 その言葉に感激をしたかのように可馨は涙を流した。