世間知らずを演じる。誰もが可馨が妓女であったなどと知ることがないように、演じる。

「蘭玲」

 可馨はそっと動いた。

 肩にもたれかかるのを止め、蘭玲の頬に手を伸ばす。

「あなたは私の味方でいてくれる?」

「もちろんです。充媛様」

「ありがとう。安心したわ」

 可馨は笑った。

 蘭玲の頬を優しく撫ぜる。そして、すぐに手を下ろした。

 名残惜しいくらいがちょうどいいのだ。

「父上に手紙を出したいの」

 可馨は楊家の三女だ。後宮入りをしたとはいえ、それには変わりはない。

 楊家のためになることをしなければならない。

 ……報告をしなければ、

 寵愛を受けている日々を報告する義務があった。それと同時に嫌がらせの件も伝えるつもりだ。手紙の内容を見られてもいいように気の弱い女性が書いたような文章で書かなければならないのは、苦痛だった。

「かしこまりました。すぐに準備をいたしましょう」

 蘭玲はすぐに返事をした。

 可馨に部屋に戻るように誘導をしつつ、近くを通った女官に声をかけて、手紙を書くための紙と筆を用意させる。慣れているかのような手つきに関心をした。

 ……使える子だわ。

 後宮の女官になる前はどこかの家に仕えていたのだろう。

 ……傍付きに良い人材をくれたものね。

 後宮で妃賓に仕えるのには、もったいないほどの人材だ。

 それを文句一つ言わずに仕えてくれるほどの忠誠心がある。

「ありがとう」

 可馨は歩きながら礼の言葉を口にする。

 それに対し、蘭玲は当然のことだと言わんばかりの顔をした。

「楊充媛様の願いを叶えるのが、わたしたち、充媛宮の女官の役目ですので」

 蘭玲の言葉に対し、可馨は困ったように笑ってみせた。

 笑顔を作る癖がある。そう思わせるために笑ったのだ。

 困った時にも笑ってごまかしてきたのだろう。相手はそう勝手に思い、勝手に可馨に同情をする。同情というのは強い感情の一つだ。同情をした相手を切り捨てることは簡単にできるものではなく、蘭玲のように責任感の強い女性には、効果的な方法の一つだった。