「ありがとう。あなた、名前は?」

() 蘭玲(ランレイ)と申します」

「蘭玲というのですか。これから、よろしくお願いしますね」

 可馨は安心したかのように笑った。

 女官、胡 蘭玲は頬を赤く染めた。

 傾国の美女である可馨の笑みは男女関係なく、魅了をする。それを理解しながら、可馨は笑顔を浮かべる。

 ……使えそうな子ね。

 利用価値がありそうだと判断をした。

 傍に置いておけば、なにかと便利だろう。

「はい、充媛様」

 蘭玲は頷いた。

 そして、下働きを命じられた女官たちを見る。

「彼女たちに任せておきましょう。すぐに綺麗な庭に戻します」

「ありがとう。後でご褒美でも与えましょうか」

「必要ありません。彼女たちは充媛宮の女官として当然の仕事をしているだけです」

 蘭玲の言葉に可馨は驚いてみせた。

 楊家には使用人はいない。そのため、使用人として使われる者たちがどのような仕事をしているのか、知らなかった。

 楊家の男児は四大世家である朱家の使用人だ。家庭を持っても、朱家の使用人として一生を過ごすことが決められている。女児は楊家を繁栄させるために、政略結婚をさせられるのが決まりである。

 ……ここは大人しく従うか。

 上から目線で言葉を口にしない。

 心の声を口にはしない。

 気弱な女性を演じなければいけない。自分自身に言い聞かせなければ、どこかで本性を露にしてしまいそうだった。

「気晴らしに散歩にでもでかけましょうか?」

 蘭玲の提案に対し、可馨は首を左右に振った。

 ……宮の外に出れば、誹謗中傷を聞くことになるわ。

 可馨は蘭玲の肩にもたれかかる。

 その行動に蘭玲は驚いたものの、なにも言わなかった。

「外は怖いわ。なにをされるか、わからないもの」

 可馨はか弱い女性を演じる。

 16歳にしては幼い発想だ。しかし、身を守るためにはちょうどよかった。