「ちょ、なんすか朋さん、その目は……。
違う違う。精神攻撃したんじゃなくて、提案したいの!
まさ美さん、私の動画でVチューバーとして出ない? かわいい声だなって、ずっと思ってたんだよね。もちろん収益が出た場合は、お支払いしますよ~?」
手をお金の形にクイッと曲げたモエナを、腕のすき間からまさ美が覗き見る。
「V、チューバ―?」
「声はバレちゃうんだけど、顔はバレないの。可愛いアバターを作って、意のままに動かすことも出来るよ」
「え? ん??」
二人のハテナだらけの脳内を察したモエナは「コレコレ」と、人気Vチューバーの動画を再生する。見ると確かにアバターが動いているだけで、実写はない。「本当に声だけなんですね」と、まさ美は前のめりになる。
「動画編集は、今まで通り私がやる。私が渡した台本の通りに、まさ美さんは喋ってくれればOKだから。慣れてきたら台本なしでもいけると思う。どうかな? まさ美さんの新たな趣味になるかもよ?」
「でも急には……」
「まさ美さんはバター塗る時みたいに慎重すぎるんだって。初めて挑戦することに『ここまで手間暇かけたんだからOK』ってラインは存在しないよ? それならいっそ手放しで飛び込んじゃえばいいんだよ」
「つまりモエナちゃんみたいに、バターなしで堂々としていればいいって事ですか?」
「そーそー」
「……」
まさ美はグッと下唇を噛む。そしてトーストを食べる時に手に付いてしまったバターをチラリと見た。
少しだけ想像する。
もしかしたら食後にバターのついていない手を見るのは、自分が思っている以上に嬉しくて幸せなことかもしれない。今までバターなしのトーストなんて……と嫌煙していたけど、思い切って何もつけずに食べてみようか――と。
まさ美にしてはいつもより大胆な想像は、自身の心に眠る「挑戦心」を搔き立てた。頭に浮かぶモヤが、少しだけ晴れた気がしたのだ。
「ちょっとやってみたい、かも」
「えー! マジ?」
「ま、まじです」
まさ美の目がキラキラ輝いたのを見て、モエナは「よし」と、見えない所でガッツポーズを出す。その横で、朋子が「なるほど」と、モエナのパソコンから視線を逸らした。
「動画が伸びれば伸びる程、収入も上がるのね。五分から十分の動画を定期的に上げれば登録者も増えるかしら? こっちのSNSなら、動画の長さは三十秒ってところね。最後にコメントを呼びかける感じにすれば、アクセスが急上昇する仕組みになっている」
「あ、朋さんは管理してくれる感じ? 助かる~、マネージャー」
朋子は「任せなさい」と、胸を叩く。
「営業はどうすれば数字が上がるか、どうすれば自分を知ってもらえるかを、常に研究しているプロよ。全てのエビデンスは、私に詰まってる!」
「か、カッコイです。朋さん……っ」
モエナも拍手を送りながら「ヤバ!団結感あってシェアハウスって感じするー!」とテンションを上げる。
朋子は早速、自分のスマホを操作した。
「Vチューバーたるもの、マスコットが必要だと思うのよ。動画の説明を代わりにしてくれたりとか、マスコットならではの役割が色々あるでしょう?」
「今の短時間で、どれだけの動画を見たの? 朋さん」
「でさ、ここから本題よ。
我らのマスコットは、
この子でいこうと思います!」
ババン!と、スマホの画面に現れたのは……某ペットショップ屋のネコ。
この画面を見て、今まで朋子の手のひらに踊らされていたのだと、やっと二人は思い知る。
言うなれば、まさ美とモエナは、トーストの真ん中に置かれたバター。それを自分の思うがままに、シーソーのごとく傾けていたのが朋子だ。
「朋さん、ちょ、それは卑怯だって」
「今さら、そこに話を戻すんですか?」
「これだから若者は」と朋子はどや顔をキめる。
「私たちのこの物語が、感慨無量なサクセスストーリーだと思ったら大間違いよ」
「え、違うんですか?」
スンと暗い顔をしたまさ美を見て「いや、そうでもあるけどね?」とすぐ覆す朋子。
しかし、やはりネコには並々ならぬ思いがあるらしい。「どうしても譲れない」と、とある名言を持ち出した。
「あの偉人も言ってたじゃない。
『時間よりお金より、必要なのは覚悟ですよ』って」
「それ偉人じゃなくて、ついさっき私が言った言葉ですね?」
「あは、そうだっけ?」
まさ美のピクつくこめかみを見ながら「でもさ」と、朋子は席を立つ。
「まさ美ちゃんは、さっき覚悟を決めたでしょ? Vチューバ―やってみたいって、ちゃんと声に出せてたじゃない」
「確かに、そうですけど……」
「だから私も思ったの、覚悟を決めなきゃねって。
可愛いネコちゃんをお迎えするために……
あなた達と、とことん話し合う覚悟を決めたわ」
「うゎ……」
「げ! 朋さん『ネコちゃんを飼うために』って内容で、パワポ作ろうとしてる!」
カウンターにある朋子のパソコンを覗き見たモエナは戦慄を覚える。同じくまさ美も、ここまでになった朋子が、何をどうしたって意見を曲げない人であると知っているだけに、ため息がとまらない。
闘志を燃やした朋子がお皿を洗っている間、二人のシンキングタイムがスタートする。
「まさ美さん、どうする? アレ、絶対めんどうくさいパターンだって」
「何もしない休日も嫌だけど、興味ないパワポを見る休日も嫌です……」
そこで二人は苦渋の決断を下す。提示したのは、パワポを回避するための最後の手段だ。
「とりあえず……」
「ペットショップ屋に、行くだけですよ?」
もちろん、この言葉を聞いて朋子の口角が上がりきったのは言うまでもない。
財布にカードが入っている事をしっかり確認し、いざ。
「じゃあ各々支度をして、三十分後に集合ね!」



