「私がお昼をとらないと、学校で『なにあの子』って目で見られる。確かに珍しいだろうけど、だからと言って、 何で型にはまらないといけないわけ?
同じ学校にいるから?
同じ勉強しているから?
全部みんなと同じだと、みんなと同じでいることが当たり前って錯覚するんだよね。だから輪から外れると、揃って皆が指をさす」
すぅーーーーーーー……。
「めんどくさー!!!!」
ドンッと、迫力のある一声。
ビックリしてバターを塗る手を止めたまさ美に対し、朋子は「よっ、モエナ屋!」と合いの手を入れる。伊達に飲み会で「盛り上げ役」を務めていない。
「っていうことで、私がバターを塗らないのもお昼を食べないのも、それが私がしたいことだからです。以上」
続けて「ごちそうさまでした」と手を合わせる。そのまま食器の片づけをしていると、重厚感あるため息が、まさ美の口から洩れた。
「あぁ、ビックリした……。だけど、すごい分かります……」
どうやら、さきほどのモエナの発言。まさ美も思うところがあるらしい。一言呟いたきり、いつもより厚みがかったトーストを、暗い顔で咀嚼する。
「……」
「……」
「……でさ」
変に重くなった場の空気を読んだ最年長の朋子が、トーストをシーソーしながら、食器を洗うモエナの背中に語り掛ける。
「モエちゃんの悩み、分かるわ。みんなと同じだと、絶対に競争が生まれるのよね。私はノルマ慣れして平気だけど、人によってはすっごいしんどいはずよ」
「さすが朋さん、営業の鏡」
「どうも。その道二十年です」
キラリ。瞳をかっぴらいた朋子の、なんと迫力のあること。ただでさえ暗い顔のまさ美が「やっぱ営業ってノルマあるんだ」と更に顔を青くする。
だけどトドメをさすように「まさ美ちゃんは営業に向いてなさそうよね」と、朋子が言ってしまう。それにより、ついに食べる手が止まってしまったまさ美を横目に、モエナが相槌を打つ。
「ほんと、競争の世界だよ。ようは虫と同じなんだよね。たくさんの虫を虫かごに入れると争いが起こるじゃん?
人間も一緒。同じ境遇にいる人と『同じ状態でないといけない』って刷り込みが入って、追いつけ追い越せの競争心が生まれるんだよ」
「私負けず嫌いだから競争になった時は、『私が一番になってやる』って燃えるのよね。だから私にとって競争心はプラスに働くけど……モエちゃん・まさ美ちゃんの性格だと、確かにしんどいわよね」
「鋼のメンタルかよ朋さん」とモエナ。
「競争心って、基本的に蹴落とし合いじゃん? 自分を高めるものって何もないじゃん? 私は一分一秒でも、自分のために時間を使いたいんだよね」
「要するに、自分のやりたい事をやってるだけなのに、部外者が口を挟むなってことね?」
「そう!」
ガチャン、とシンクの中でお皿がぶつかる音が響く。割らないでよ、と朋子が祈りを込めた横で、同じように。まさ美も不安げに、モエナの背中を見つめた。今モエナが使っているのは、まさ美が実家から持って来た愛用皿だからである。
「男関係にしてもそう。
そんなに可愛くなってどうするの?そんなに男ほしいの?、っていう女子。
俺、お前となら付き合ってもいいんだけど……、って斜に構えている男子。
一言だけ言わせて……
男なんて毛ほど興味ないんだよー!!
私が興味あるのは自分! 自分の美だけなの!」
「よ、モエナ屋!」
全てぶちまけてスッキリしたのか、手を拭き終わり、モエナは静かに着席する。そして未だ青い顔をしているまさ美を、珍しく気遣った。
「ねぇまさ美さん、バターの重みでトーストが曲がってるよ? 今日はえらく厚塗りしたね。どした?」
「いや……今、モエナちゃんが吐き出した愚痴の中に、私がいたなって……」
「あー。確かにまさ美さん、自分を持ってなさそうだよね。『その他大勢の中』にいそう」
「ぐぁ……」
「こら、モエちゃん。トドメ刺さないの」
モエナの衝撃発言に、まさ美はついにトーストを皿に戻す。
「モエナちゃんは、ちゃんと自分のことを考えてるんですね……強くて羨ましい」
「このシェアハウスでいちばん権力あるまさ美様が、何を言うのよ」
「私が恐慌政治してるみたいな言い方、やめてくださいよ」
「いやね」と、続けてまさ美様。
「私って起伏のない平坦な人生送ってるじゃないですか。でも朋さんもモエナちゃんも仕事や私生活が順調で……だから二人を見ると焦るんです」
「順調? そんなことないわよ?」
「昨日『業績がうなぎ登り』って言われていたの、しっかり聞きましたよ」
「あらら」
気まずさから逃げるように、朋子は残り僅かになったコーヒーを喉に送る。
ミルクも砂糖もないシンプルなソレは、口に入れると芳醇な香りが弾け、心地よく体に沈んでいく。インスタントコーヒー侮れないな、恐るべし。
すると「私ね」と、まさ美。
「本当に焦ってるんですよ。私より年上の人も年下の人もキラキラ輝いて……私一人だけが置いていかれたような気がして。
私は朋子さんみたいに社会人として成果を上げてるわけじゃないし、モエナちゃんみたいに学生と動画配信を兼業もできないので……」
「朋さんは会社で働いて正真正銘スゴイけど、私は好きなことしてるだけだよ?」
「好きなことを見つけてるだけでも、スゴイことなんです」
「そうなんだ」と、多趣味の二人は驚く。
当のまさ美は、休日になると部屋に引きこもり、一日出て来ない日もある。部屋で悠々自適に過ごしているかと思いきや、夜中に「はぁ」とベッドの上でため息をつくのだ。
「私も二人みたいにキラキラしたい。やりがいを見つけたい。毎日パソコンと向き合う事務職は私に合っていて天職ですが……たまに『このままでいいのかな』って思っちゃうんですよ。休日も、スマホと睨めっこしてる間は楽しいですが、一日の終わりに『今日も何もしなかったな』って虚しくなるんですよ」
「どデカ重い悩みきたじゃん、コレ……」
胃のあたりをさすりながら、モエナは苦笑を浮かべる。
だけど何か思いついたのか、いきなりスマホを操作し始めた。暗に「お前の悩みなど興味ない」と言われたみたいで、まさ美の視線が下がる下がる。
「モエナちゃんにとって私の悩みはスマホ以下ですよね、そうですよね……」
「そんなんイイからさ、まさ美さん……
マジカルキュンキュン、プインプイン。って言ってみて?」
「あ゙!?」
まさ美の本性が垣間見えた後、モエナにノった朋子が「晩ご飯おごってあげるから」と囁く。
「ぐ……っ」薄給のまさ美からすると「おごり」は喉から手が出るほどほしいワードで……つい覚悟を決めてしまい、喉に力を入れた。
「ま……、マジカルキュンキュン、プインプイン!」
「はい、録音OK~」
「録音! なんで!?」
意に介さないモエナは、さっそく再生する。
『ま……、マジカルキュンキュン、プインプイン!』
「わ~!!」
断末魔が響いた後、「もう私を土に還して……」とまさ美がテーブルに突っ伏す。さすがの朋子も「あまりにえぐいわモエちゃん」と、同情の視線を送った。



