「さっきも言ったけど、朋さんが一番家にいないじゃん」
「ネコ買うにも、お金と時間がかかるって知ってます?」
コーヒーカップ片手に、朋子も椅子に座る。短い髪は既にキレイに整えられており、化粧もバッチリだ。全ては新しい同居人・ネコちゃんをお迎えに行くため――といっても、雲行きは怪しさを増すばかり。負けじと朋子も反論する。
「生き物を飼うんだもの。お金と時間がかかるのは、もちろん知ってるわ。
だから今日から、一つの命を大事に育んでいきましょうって話よね?」
「いえ、まだその段階じゃないです」
「メンバーの許可取ってくだサーイ」
「ぐぐ……」
二人の思わぬ反応に、朋子は唸る。ネコを飼いたい理由には納得してくれたのに、どうしてこうも拒否されるのか。
「まさ美はキレイ好きだからネコが嫌なの? 家が汚れると思ってる?」
「キレイ好きうんぬんかんぬんの前に、私ミニマリストなんです」
「……それが?」
「もし災害が起きて、どこかへ避難するってなった時。自分の荷物だけで手いっぱいじゃないですか?」
「んん?」
予期せぬ話題の展開に、朋子は再び唸る。
「そこにプラスしてネコとネコの荷物までなんて無理です。もし避難所にネコを連れていけなかったらどうするんですか? 荷が重すぎます」
「なるほど~。両手に持ちきれない荷物になった場合とか、ネコも一緒に避難できなかった場合のことも考えないといけないのかぁ……あ?」
突如、モエナのスマホから音が流れる。「広告ウザ」と舌打ちした最年少メンバーを見て、朋子はため息を吐いた。
「まさ美が重度の心配性って知ってたけど……想像以上だわ」
「むしろ想像してくださいよ。命が増えるのが、どういう事かを。時間よりお金より、必要なのは覚悟ですよ」
バターをトーストに塗るまさ美。決まった角度でナイフが滑り、均等に塗られていく。
淡々とした動きだけど、つい見入ってしまう。一切の無駄がなく、更には余白もなく。トーストが服を着るように色を変えていくのは、見ていて飽きない。
「まさ美って、しっかり端までバターを塗るわよね」
「味のないところが嫌いなんです」
「私は冷める方が嫌だから、適当にバターを塗ったら、すぐ食べちゃうのよね」
「あれ、本当に意味がわからないでふ」
サクッとトーストを頬張りながら、まさ美。
「それに朋子さんって、バターを『塗る』んじゃなくて『置いて』ますよね?
ただ、そこに置くだけですよね?
真ん中に、ポトンって」
「それが?」
「バターのついてる部分が少な過ぎませんか?」
「トーストが熱いから、自然に溶けていくのよ。私はシーソーみたいにユラユラ動かしてればいいんだから、楽なもんでしょ?」
「つっても朋さん、いつも溶け切る前に完食じゃん。トーストの真ん中の方で、いっつもバターを噛んでるじゃん」
「あらモエちゃん知らないの? 固まったバターの美味しさを」
どやさ、と口角を上げるも、二人は頭を横に振る。
「歯につくから嫌いー」
「バターは溶けてナンボです。
っていうか、そもそもですよ。そもそも」
その時、トーストを半分ほど食べたまさ美が、バターの油で艶めく唇を動かす。
「バターの塗り方なんて、そんなに何種類もあるものですか? ここにいる三人だけでも、見事に塗り方がバラバラじゃないですか」
まさ美の一言に、モエナと朋子は顔を見合わせる。「そう言えば」と言っている辺り、今まで特に注目したことはないようだ。
「確かに。モエちゃんに至っては『塗らない』もんね。
バターなしのトーストって美味しいの? 味がないと嫌じゃない?」
「それ、バターがどれほど美容に悪影響か知らない人が言うセリフだよ」
トーストを片手で持ちながら、サクサク食べ進めるモエナ。
しかしスマホを見ていた視線は、突如、大人二人へ移る。
「っていうか私がバターを塗らないのは、それが『私のしたい事』だからだよ」
一点の曇りなく、堂々と言い切るモエナに、大人二人の目が点になる。
「なんかモエちゃん……カッコイイわね」
「どこが?」
「カッコイイです。私も見習いたいです」
「だから、どこが?」
自分のどこがカッコイイか分かっていないモエナ。だが、大人二人は違った。朋子とまさ美は、互いに見合って、どちらともなくカップを顔の高さまで掲げる。
チン
「こわ、大人こわ! 今のどこに乾杯する要素があった⁉」
「いや、それ言ったらモエちゃん二十歳越えてるし、あなたも大人だけどね?
でも、なんていうかね。いいな~って思ったのよ」
「……乾杯が?」
「違う。モエちゃんが」
モエナは気づいてないが、自分の意見をハッキリ言う力強い姿に、朋子とまさ美は圧倒された。「これが若さか」と自身の年齢を振り返り、動揺しながら。
だが、モエナへの驚きは序章に過ぎない。
「ちなみに私、お昼も食べないよ。カロリー過多になるから」
「へえぇ!?」
「美への徹底ぶりがスゴイですね……」
ギロリ
二人に、モエナの強烈な視線が刺さる。
「人と違うことしてるって、そんなに変?」
「変じゃないけど、ビックリしたわね」
「だってお腹すくよね?」と大人二人が視線を交わす間に、モエナはスマホをテーブルに置く。モエナがスマホを手放す=本気モード突入の合図だ。
「私、日本人って本当に嫌いなんだよねー」
「え、DNAから否定するの?」
「どこまで遡ればOKが出るんですかねぇ? 微生物?」
若干楽しんでいる二人に、モエナは「そうやってすぐ子供扱いする」と苦言を呈す。
「日本人って、マジで同調意識すごいじゃん? 右を向いたら右、下を向いたら下。同じ方向を向いてない人は、すぐ後ろ指さされる」
「まぁ、それが民主主義だからねぇ」
「主義じゃなく、主張の話をしてんの」
トーストを食べ終わり、モエナは手をはたく。
パンパン!――いつもより力がこもった音を聞いて気まずくなったまさ美は、頭からもう一度バターを塗り直す。
どんどん厚みを増すバター。
呼応するように、モエナの語気もクレッシェンドに増していく。



