親不孝者35歳、黒猫と暮らす

お母さんから電話が来ていたこと。それも1回ではなく何回も。そして僕に「こっちに来ないか」と言ってきたこと。……全てお父さんには内緒にしていた。

僕はお母さんに「裏切者」というレッテルを貼った。それはお父さんを「味方」と認識するという意味ではない。「こんな家にしたのはお前にも原因があるだろう」と僕はお父さんもお母さんも「敵」だと思うようになっていた。

いつものように無言の食卓。僕はお父さんの言葉をわざと無視して、テレビに釘付けになってみる。「あなたの話を聞くつもりはない」という意思表示だ。それに対してお父さんは何一つ言うわけではない。

そんな中、僕の生活を更に変える出来事があった。お父さんが「お前にさ、紹介しとくよ」と言ってきたのだ。

日曜日ののんびりとした時間帯だったと思う。

玄関付近に立つお父さんにちらりと視線を移すと、ガチャリとゆっくりドアが開いた。そして1人の女性が、家の中へと入ってくる。

「亮介くん、初めまして」

僕は固まった。知らない女の人が入ってきたこと。「初めまして」と言ったこと――

「あぁ……はい。こんにちは」
僕達は古い団地に住んでいた。家も狭く、2Kの間取り。逃げ場のない部屋の中で……当たり障りのない返事をするしかない。

僕に会わせておきたいということは「そういうことなんだろう」と中学生ながらに想像していた。

別にすぐにでも、その女の人と家で暮らし始める……ということでなかったけれど、僕の心と頭はぐちゃぐちゃになっていた。

お母さんのことは裏切者と僕は思うようになったけれど、やっぱりこの家で聞こえる女性の声はお母さんであるべきなんだなと、女の人の声を聞いて僕は思った。

この出来事以来、僕の心は一層沈んでしまった。学校に行けば、仲の良い友達は小学生の頃に比べれば減ってしまったけれど、それでも一応周りに合わせて笑顔を作る。そして誰もいない家に帰ってきて……僕は一人泣く。

……ずっと、そんな毎日だった。