母親がやってきたのは、僕が高校2年生になる前くらいだった。2Kの狭い団地。狭い家。僕達は同じ屋根の下で、暮らし始めた。
僕は常にいらいらしていたけれど、お父さんに声を荒げることは一度もしたことがない。「興味がない」という態度を、離婚して以来ずっと貫いてきた。母親が来ても、その態度を変えるつもりはなかった。
母親はパートをしているらしく、夕方までは家にいないけれど、夜の時間は狭い家にいる。僕は理由を付けては外に出るようになった。
もちろん不良のようになってしまっては、後々面倒くさいことになるだろうと考え、できるだけ静かに過ごすように心がけた。
電車に乗ったところに図書館をはじめとしていくつか自由に勉強場所があった。僕は月曜日の休館日以外は、できるだけ閉館まで利用し始め、閉館後は駅のホームのベンチなどで時間を潰す。
夏は暑い。冬は寒い。夜の10時半頃までには帰宅する。その頃はもう家の中は寝る準備を始める雰囲気になっているので、僕はそのまま自分の机でだまって過ごしていた。
何年も、家ではこのように家庭内別居しているかのような毎日。大学に合格しても、この生活は続けた。
自己破産をしている家庭なのに……誰のお陰で大学に通うことができているのか?考えることもせずに。
僕は常にいらいらしていたけれど、お父さんに声を荒げることは一度もしたことがない。「興味がない」という態度を、離婚して以来ずっと貫いてきた。母親が来ても、その態度を変えるつもりはなかった。
母親はパートをしているらしく、夕方までは家にいないけれど、夜の時間は狭い家にいる。僕は理由を付けては外に出るようになった。
もちろん不良のようになってしまっては、後々面倒くさいことになるだろうと考え、できるだけ静かに過ごすように心がけた。
電車に乗ったところに図書館をはじめとしていくつか自由に勉強場所があった。僕は月曜日の休館日以外は、できるだけ閉館まで利用し始め、閉館後は駅のホームのベンチなどで時間を潰す。
夏は暑い。冬は寒い。夜の10時半頃までには帰宅する。その頃はもう家の中は寝る準備を始める雰囲気になっているので、僕はそのまま自分の机でだまって過ごしていた。
何年も、家ではこのように家庭内別居しているかのような毎日。大学に合格しても、この生活は続けた。
自己破産をしている家庭なのに……誰のお陰で大学に通うことができているのか?考えることもせずに。



