唯一無二の完璧女子は自分を捨てて死にました

すずりが生まれた日。
私は普通に授業を受けていて、帰った後にお母さんのふくらんだお腹が見られるのが楽しみだった。
でも、授業中。保健の先生がやってきて
「垂水さーん、妹さんがもうすぐ生まれるんだって。今から早退してね、叔父さんが迎えにきてるから」
私はちゃんと妹が今産まれたら危ないことを知っていた。だから、信じられないって思いながら支度をして全然仲良くないし付き合いも少ない叔父さんが運転する車に乗った。
でも、病院についてもお母さんは分娩室にいてお父さんがいるだけ。
寂しい廊下で「妹が死んじゃったらどうしよう」とだけ考えてた。
でもその途端、
「オギャーオギャー」って泣き声。あの時の感動は忘れてない。
すぐに叔父さんが
「女で間違いない、名前を決めよう」
って言ってくれた。
頭にこびり付いた名前はえれな、あの中絶されちゃった妹。もし、あの子をこの子にしたらいいのかって小4の私は本気でも思っちゃった。
でも、ダメだった。
ずっと私の中にいたえれなとこの子がおんなじになるって思ったら嫌だった。えれなはえれなでいて欲しいっていう願いがずっと、、今でも消えてくれない。
次に浮かんだのがそう、、「すずり」。
別に我が家は意味不明な名前が通った。祖父母も両親も変な名前で「変な名前の家」というような冗談もよく出てくる。
「みりん」だって変な名前。
私がいいって思ったのはすずりの由来となる硯の縁の下の力持ちのような効能。別にすずりは墨とか筆に比べたら大事じゃない。
書くだけなら別に硯がなくたっていいけれど硯は墨とか筆の良さをさらに引き出してくれる。いい墨があっても硯がなかったら何も始まらない。
だから私は紙に大きく「垂水 すずり」と書いた。
小4の拙い発想だったけれど、産んだばっかりで疲れているはずのお母さんはその頃からめんどくさそうに
「どういうわけ、この子にダサい名前をつけたいの、別にお似合いだと思うけどさ」
今ではこの言葉の意味がわかる。
要は「この子にダサい名前って似合う」っていうすずりを否定する言葉。
「名前の由来はいらなさそうだけれどなくてはならない『硯』だよ」
そう言って、叔父さんは「垂水すずり」として出生届を出した。