『入学式が終わったら、会いに行くよ』


 届いたメッセージを、何度も眺めてしまう。

 メッセージの送り主、平瀬 理央(ひらせ りお)とは、家が隣同士の幼馴染だった。二つ年下の理央とは、小学生の頃は毎日のように一緒に遊んでいた。でも五年前、俺が中一の頃に、理央は親の転勤で引っ越してしまった。

 小柄で人見知りでちょっと泣き虫だった理央は、いつも俺の後ろをついて回っていたっけ……。本当の弟みたいで、可愛かったな。

 引っ越してからも連絡を取っていたけど、この二年くらいは連絡が途絶えていた。既読は付くけど、理央からの返信はなかった。


 その理央が今日、五年ぶりにこの街に戻ってくる。俺と同じ高校に入学することが決まったのだ。ご両親は引っ越して来ないらしくて、理央は学校の近くで一人暮らしをするらしい。

 三年生の俺は今日は休みだから、迎えに行こうかな。早く理央に会いたいし。


『校門のところで待ってる。一緒に帰ろう』


 そうメッセージを送ったのが昨日。理央からは喜びを伝えるスタンプが大量に送られてきた。五年ぶりだけど、理央は可愛いままなんだろうな。

(おう)ちゃん」

 そう。こんな風に、幼い理央は『凰太朗(おうたろう)』という俺の名前を上手く呼べなくて、凰ちゃん、と可愛い声で呼んでいた。

「凰ちゃんっ」
「ん?」

 人混みの中から、俺を呼ぶ声がした。随分と低くて心地いい声だ。でも、クラスメイトからはそんな呼び方されていないし……。

「凰ちゃん、会いたかったよ」


 ……待て。


 ……誰だ、この大男は。


 それなりに背が高い俺よりも、頭半分くらい高い目線。顔面大勝利の、爽やかな笑顔。周囲の人間がみんな振り向いて彼を見ている。

 雑誌のモデルか? スポーツ選手か? この学校、芸能コースとかないはずだけど?

 目の前で立ち止まった彼は、俺を見下ろしている。俺の眼鏡の度、合ってるよな? 俺を見てるよな?

「凰ちゃん、俺だよ。理央だよ」
「理央……? 本当に、理央なのか……?」
「そうだよ。俺、カッコよくなったでしょ?」

 そう言ってはにかんだように笑うこの顔は……変わっていない。面影がないくらいに男らしく成長しているけど、確かに理央だった。


「……本当に、格好良くなったな」

 プルプル震える子犬が立派な成犬になったような、そんな感慨深さ。少しの寂しさと、多大な驚きをもって理央を見つめる。

「凰ちゃんは、綺麗になったね」

 理央はそんな謎の褒め言葉をかけて、人目も憚らずに俺を抱き締めた。


◇◇◇


「まだ片付いてなくてごめん」

 理央はばつが悪そうに笑って、麦茶しかないけど、とグラスを渡してくれた。

 訪れた理央の部屋は、立派なマンションの一室だった。理央の父親は不動産会社に勤めていたなと思い出す。成長したとはいえ、理央はまだ高一。セキュリティがしっかりしたところに住ませないと心配だよな。

「……ごめん、凰ちゃん」
「ん?」
「ずっと、連絡しないと、と思ってたんだけど……」
「何か事情があったんだろ? まあ、正直に言うと寂しかったけど、また会えたんだからいいよ」

 それに、嫌われたわけでも忘れられたわけでもなかった。理央がまた「凰ちゃん」と言って懐いてくれるだけで、過去の寂しさも吹き飛ぶというものだ。

「俺も、凰ちゃんにまた会えて嬉しい。嫌われてなくて良かった……」
「嫌うわけないって」

 項垂れる姿が捨てられた大型犬に見えて、つい頭を撫でてしまう。でも、昔みたいな子供扱いは嫌かもな。

「凰ちゃんに撫でられるの、好き」

 理央が笑うから、一度離した手でまた頭を撫でる。大きくなっても甘えん坊で可愛いな。そう思っていると、理央が俺を抱き締めてきた。


「二年前に、両親が離婚したんだ。それで俺、ちょっと荒れてて……連絡できなくて」
「そうだったのか……」

 大変だったな、と言葉にするのは簡単でも、荒れるほどに傷ついたことをその一言で慰めたくなかった。代わりに理央の背を撫でると、俺の肩に頬を擦り寄せてくる。

「どっちも再婚することになったから、どっちについて行くのも微妙でさ。凰ちゃんがいるから、戻って来ちゃった」

 理央は顔を上げて、泣きそうな顔で笑った。

「そっか……俺のとこに戻って来てくれて、嬉しいよ」

 昔から懐いてくれてたけど、今も変わらず兄みたいに思ってくれていることが本当に嬉しい。

「入学したてで一人暮らしは大変だろ? 俺、一応家事出来るし、休みの日とか放課後に来ようか?」
「それは嬉しいけど……でも凰ちゃん、今年受験でしょ?」
「勉強は得意だから大丈夫だよ。息抜きにもなるし」
「凰ちゃん、かっこいい」
「まあ、それしか取り柄ないからな」
「凰ちゃんは、取り柄しかないよ?」

 本気で不思議そうな顔をする。そう言って貰えるのは嬉しいけど……俺、運動は苦手だし、服のセンスも微妙だし、ゲームも下手だし……ってことは、今は理央には言わないでおこう。


「凰ちゃん。大学は遠くに行くの?」
「第一志望は家から通える距離だよ。第二志望は他県だけど」

 そう答えると、理央は微妙な顔をする。

「第一志望、絶対受かってね。俺、凰ちゃんがいないと生きていけない」

 昔は俺に対しても遠慮がちなところがあったのに、すっかり姫気質に育って……。そんな理央も可愛いと思ってしまうんだから、俺も大概、理央に甘いよな。

「凰ちゃん。大好きだよ」

 そう言って笑う顔に幼い頃の理央が重なって、感慨深くなる。本当に大きくなって……。俺も好きだよ、と返すと理央はますます嬉しそうに頬を緩めた。