家に着くと玄関の扉を開け、猫をそっと床に下ろす。
猫はぴくりと身を震わせながらも、少しずつ周囲を見回していた。

夏美はキッチンからタオルを持って来ると、猫を包み込むように拭き始める。
濡れた毛は手触りがひんやりとしていて、小さな体は思った以上に軽かった。

「暖かくなるまで、ここで待っててね」

猫は静かに丸くなり、目を閉じた。小さな胸がかすかに上下している。
夏美はその様子を見ながら、そっと膝に猫を乗せて温かいお茶を用意する。

猫の体温は手のひらから伝わる暖かさに反応し、わずかに震えが収まった。

夜が深まるにつれて猫は少しずつ元気を取り戻し、体を伸ばすようになった。

「名前は、メランにしようか」

夏美がそっと名前を口に出すと、猫はじっと夏美の目を見返した。
その目は、まるで理解しているかのように光った。

猫は小さな鳴き声を上げ、まるで同意するかのように体をすり寄せてきた。

その夜、夏美はメランのために布団を用意し、静かに見守った。
雨の音が屋根を叩く中、二人だけの静かな時間が流れていた。

「これからよろしくね、メラン」

言葉にするのも少し照れくさい気持ちだったが、猫は小さく鳴いて応えてくれた。
その瞬間、夏美は確信した。

この小さな黒猫との出会いは、ただの偶然ではないと。

雨がやむころ、二人の間には言葉にならない信頼と、温かい絆が芽生え始めていた。