黒猫と少女のやさしい奇跡

雨は一日中、止むことなく降り続いていた。
灰色の雲が低く垂れ込め、街の明かりは濡れたアスファルトにぼんやりと反射している。
傘を差しても、風に煽られて体のあちこちがしっとりと濡れた。

高校三年生の平本夏美は、そんな雨の中を急ぎ足で帰宅していた。
授業が終わった頃には小降りになるだろうと踏んでいたのに、放課後の雨はますます激しくなっていた。
制服の襟元が濡れ、靴の中もじんわりと水浸しになっている。

「こんな日に限って……」

独り言を呟きながら、道端の水たまりに足を取られないよう注意しながら歩く。
そんな時、視界の端に黒い影がひらりと動いた。

最初は落ち葉か何かだと思った。
だが、その影は雨に濡れた毛皮を揺らしながら、ぴくりと体を震わせていた。
近づいてよく見ると、それは小さな黒猫だった。

猫は冷たく降り続く雨に打たれながら、地面にぺたんと伏せていた。
肩をすくめ、細い体を丸め、震えている。
その目は黄色く光り、助けを求めるように夏美を見つめていた。

「大丈夫?」

思わず声をかけた。猫はわずかに耳を動かしたが、身をさらに小さく丸めるだけだった。
夏美は胸がぎゅっと締めつけられるような感覚を覚えた。
こんな小さな生き物を、こんな雨の中に放っておくわけにはいかない。

だが、すぐに躊躇が頭をよぎる。

「家には猫を飼う余裕はないし……でも、このままじゃ……」

悩む間もなく、猫の小さな身体が小さく震える。胸の奥で、どうしても見過ごせない気持ちが勝った。

夏美は傘を少し傾け、猫の前にかがむと、そっと手を差し伸べた。

「こっちにおいで」

猫は最初、警戒して後ずさりしたが、濡れた体を震わせながらも徐々に手に近づいてきた。
指先に触れた瞬間、毛は濡れて冷たく、心臓の小さな鼓動が手に伝わってきた。

「ごめんね、濡れちゃったね」

夏美は咄嗟に思った、タオルもなく、家もすぐには暖まらない。
それでも、家まで連れて帰らなければ。

猫を両手でそっとすくい上げると、まるで信頼してくれたかのように小さく鳴いた。
その声は弱々しく、雨音にかき消されそうだった。

帰り道、夏美は猫を胸に抱えながら何度も考えた。

「飼うっていうか、まずは暖かくしてあげなきゃ」

小さな命に対する責任感が、自然に夏美の心を支配していた。