ビボは父親から白い封筒を受け取り、人間に姿を認識して貰えるという首輪を身につけられた。

手紙の宛先を見るとそこは人間界の住所だった。

「…おい、これ人間界の住所じゃねーか！どういうことだよ？」

「言葉のまんまじゃ、ソイツはお前さんが思い出の品である首輪を壊し、散々痛めつけた後、外に出られなくなった猫のモノだ。どこにでも送り届けて貰うからな」

「へいへい、分かりましたよ」

「…くだぐた言ってないで早く行きなさい！」

長に追い出されたビボはぶつくさ言いながら現世に続く穴の中へと飛び込んだ。




暗かった視界が一気に開けて一面に夕空が見えた。

「…うわぁ、綺麗…」

柄にもなく思わず素直な感想が出る。

しばらく空をゆっくりと落下しているとカラスが挨拶に来た。

「おいおい、お前さんあの世で何しでかしたんだ？」

「人間界に居るってことは遺品に傷でも付けたのか
？」

「…」

「おいおい、図星ですか〜？」

カラスの煽りにイライラしながらビボはカラスを睨もうとカラスの方を見やる。

その時、下方からパニックになったカラスが猛スピードで飛んで来た。

その勢いでビボは下方から上空に押し出される。

「ぐえっ！」

さっきまでビボを揄っていたカラス達もどこかへと飛んで行き、辺りに静寂が訪れる。

カラスの集団にアタックされて痛む腹を摩りながらビボは人間界へと降り立つ。




ビボは手紙に書かれた住所を探していた。

その時だった。

「あら、やだ見て…ビックボスよ」

「今更何しに来たのかしら…」

「ママー！ビックボスって何ー！？」

「こら！静かにしなさい！見ちゃダメ！」

すれ違う猫達に陰口を叩かれる。

その猫達は昔にビボの座を狙って喧嘩をしに来た猫だったり、ビボが餌を全部食い尽くした後に餌場で遭遇した猫達だった。

「おい！ビックボス！」

「あ゛？」

呼び止められて振り返ると、そこには見知らぬ黒猫が全身の毛を逆立たせ威嚇をしていた。

「俺と勝負しろ！」

「今忙しいから」

「おい！」

黒猫をシカトして手紙に書かれた住所に向かおうとした。

「おい！ビックボス！聞いてるのか！？」

ひたすら話しかけて来ていた黒猫の彼も流石に我慢の限界だったのだろうビボの額に爪を立てて引っ掻く。

「…っ！」

引っ掻かれた額からじわじわと痛みがやって来る。

「おい！これでも逃げるのか！？」

流石に人間界で喧嘩をするのはやばいだろうと頭では理解していても、ビボの理性はもう我慢の限界だった。

ゆっくりビボが黒猫の方を振り返ると、黒猫は一瞬だけ怯むが、ひたすら煽り続けている。

ビボは黒猫の元へ一目散に向かい、黒猫の額を引っ掻いた。

「いってぇ！」

悶え苦しむ黒猫を見て、ビボは無視をしてアンジュの飼い主の家を目指して歩き出した。



しばらく歩き、疲れて来た頃アンジュの飼い主の家が見えた。

ビボは閉ざされた門扉の前に座り、人がやって来るのを待った。

何時間待っただろうか空が暗くなり、街頭が辺りを照らし始めた頃、アンジュの飼い主がビボの前に現れた。

アンジュの飼い主はビボを見るなり、しゃがみこみ、優しい口調で言った。

「怪我してるじゃない…おいで、怖くないから…」

そっと差し出された手を恐る恐る嗅ぎ、アンジュの飼い主の手に顔を乗せる。

誰かから撫でられることも初めてだったビボにはほんの少しだけくすぐったくて、心が温かくて…とても心地良かった。