潮風に、戦場の匂いが混ざっていた。
パライは、かつて逃げ出した「戦争国家」の海岸に立っていた。オーシャングリーンの瞳が、波打ち際で砕ける血の泡を見つめる。ここはタルマギシャが支配する「二重王(デュアルクォーン)」の最前線——海さえも二分される領域だった。
「お前が“海の子”か」
声は雪のように冷たい。
砂丘の頂に立つ男——白銀の髪を風に靡かせ、白い瞳でパライを見下ろしている。彼の背後では、二つの軍勢が鏡のように向かい合い、鎖で結ばれていた。敵も味方も、タルマギシャにとっては同義語に過ぎない。
「俺は……お前らの戦争には興味ない」
パライの声が微かに揺れる。波がざわめき、怒りを帯びた音を立てた。
タルマギシャは薄く笑った。
「興味など不要だ。お前の力はすでに、この戦場の一部だ」
彼が手を上げると、海が裂けた。
二つの潮流が生まれ、片方は軍艦を押し進め、もう一方は兵士たちを呑み込んでいく。
「お前の海は、すでに僕が“黙示の鎖”に絡め取られている」
パライは初めて、自分の力が「支配される」瞬間を見た。
海——つまり自分の感情——がタルマギシャの戦略の一部として動き出していた。
「……どうして……」
タルマギシャの声が、鉄のように冷えた響きを持つ。
「戦争とは、支配するかされるかだ。お前はどちらを選ぶ?」
その瞬間、パライの奥で何かが弾けた。
怒りではない。恐怖でもない。
「俺の海は……お前のものじゃない!」
(キモイから早く消えろぉ!!!!)
オーシャングリーンの瞳が燃え、海が大咆哮する。タルマギシャの「鎖」が軋み、感情の奔流が支配の理を完全に食い破った。
タルマギシャの白い瞳に、初めて興味の色が浮かぶ。
「……面白い。分裂を統べるこの力が、たった一人の感情に揺らぐとは」
彼は王笏を掲げ、鎖を締め直そうとした。——だが、もう遅い。
パライの海は、支配を強く拒み、烈しく波を立てて軍勢を洗い流し、戦場は混乱に沈んだ。
タルマギシャの軍勢は鎖を失い、敵味方の境界を失って暴走する。冷徹だったその顔に、初めて焦りの影が差した。
「これが……お前の答えか」
パライが立ち上がる。背後の海が大きく渦を巻き、感情そのものとなって唸る。
「俺は、誰にも縛られない。お前の戦争も、鎖も——全部ぶち壊す!」
(キショいから死にやがれ!!!!)
タルマギシャは静かに目を細めた。
「ならば、お前は“新しい支配”を生むのか?」
パライは答えず、ただ海を解き放った。
潮がすべてを呑み込み、戦場は一夜のうちに“無”へと帰した。
最後にタルマギシャの声が、泡のように残る。
「よかろう。その感情で……神すらも引き摺り下ろせ」
そして彼も、波間に消えた。
夜が明け、荒れていた海が静寂を取り戻す。
パライは鎖の残骸を握りしめていた。初めて、自分の力が「誰かのため」に使われた気がした。
「……これで、いいんだよな」
潮風が、少年の背を優しく押した。
パライは、かつて逃げ出した「戦争国家」の海岸に立っていた。オーシャングリーンの瞳が、波打ち際で砕ける血の泡を見つめる。ここはタルマギシャが支配する「二重王(デュアルクォーン)」の最前線——海さえも二分される領域だった。
「お前が“海の子”か」
声は雪のように冷たい。
砂丘の頂に立つ男——白銀の髪を風に靡かせ、白い瞳でパライを見下ろしている。彼の背後では、二つの軍勢が鏡のように向かい合い、鎖で結ばれていた。敵も味方も、タルマギシャにとっては同義語に過ぎない。
「俺は……お前らの戦争には興味ない」
パライの声が微かに揺れる。波がざわめき、怒りを帯びた音を立てた。
タルマギシャは薄く笑った。
「興味など不要だ。お前の力はすでに、この戦場の一部だ」
彼が手を上げると、海が裂けた。
二つの潮流が生まれ、片方は軍艦を押し進め、もう一方は兵士たちを呑み込んでいく。
「お前の海は、すでに僕が“黙示の鎖”に絡め取られている」
パライは初めて、自分の力が「支配される」瞬間を見た。
海——つまり自分の感情——がタルマギシャの戦略の一部として動き出していた。
「……どうして……」
タルマギシャの声が、鉄のように冷えた響きを持つ。
「戦争とは、支配するかされるかだ。お前はどちらを選ぶ?」
その瞬間、パライの奥で何かが弾けた。
怒りではない。恐怖でもない。
「俺の海は……お前のものじゃない!」
(キモイから早く消えろぉ!!!!)
オーシャングリーンの瞳が燃え、海が大咆哮する。タルマギシャの「鎖」が軋み、感情の奔流が支配の理を完全に食い破った。
タルマギシャの白い瞳に、初めて興味の色が浮かぶ。
「……面白い。分裂を統べるこの力が、たった一人の感情に揺らぐとは」
彼は王笏を掲げ、鎖を締め直そうとした。——だが、もう遅い。
パライの海は、支配を強く拒み、烈しく波を立てて軍勢を洗い流し、戦場は混乱に沈んだ。
タルマギシャの軍勢は鎖を失い、敵味方の境界を失って暴走する。冷徹だったその顔に、初めて焦りの影が差した。
「これが……お前の答えか」
パライが立ち上がる。背後の海が大きく渦を巻き、感情そのものとなって唸る。
「俺は、誰にも縛られない。お前の戦争も、鎖も——全部ぶち壊す!」
(キショいから死にやがれ!!!!)
タルマギシャは静かに目を細めた。
「ならば、お前は“新しい支配”を生むのか?」
パライは答えず、ただ海を解き放った。
潮がすべてを呑み込み、戦場は一夜のうちに“無”へと帰した。
最後にタルマギシャの声が、泡のように残る。
「よかろう。その感情で……神すらも引き摺り下ろせ」
そして彼も、波間に消えた。
夜が明け、荒れていた海が静寂を取り戻す。
パライは鎖の残骸を握りしめていた。初めて、自分の力が「誰かのため」に使われた気がした。
「……これで、いいんだよな」
潮風が、少年の背を優しく押した。



