氷川丸の記録2

潮風が止んだ夜。
パライは砕ける波の音を聞いていた。いつものように感情と海の暴走に怯え、砂浜に足跡を刻みながら、沖へ向かおうとしていた。

「……また逃げるのか?」

声は、光よりも早く届いた。

振り向いたパライの目に映ったのは——光そのもの。
白い炎が空気を焼き、波打ち際の砂を瞬時に結晶へと変える。かつて「葦火守」と呼ばれた存在は、いまや神威の化身——白焔尊(はくえんのみこと)として立っていた。

「お前……」
パライの喉が震える。海が沸き立ち、オーシャングリーンの瞳が揺らめく。
「なんで、そんな姿に……」

白焔尊の眼には、静寂の白と狂気の紅が螺旋を描いていた。
「君が避け続けてきた『宿命』に、答えを出しに来た」

「俺にそんなもん、あるかよ!」

叫びと同時に、海が咆哮した。
荒れ狂う波が空を覆い、パライの感情が暴力となって世界を震わせる。

——しかし。

『混焔統制』

白焔尊が拳をわずかに動かした瞬間、海は「止まった」
波も風も、怒りさえも、白い炎の輪に包まれ、無音の世界に封じられる。

「力は裁きでもあり、救いでもある」
神の声が穏やかに響く。
「君の力が『破壊』か『再生』かを決めるのは……君自身だ」

パライは膝をついた。
初めて、自分の力が「何も救えない」ことを悟る。
「……どうすりゃいい。俺は、何を護ればいいんだ」

白焔尊は炎の腕を伸ばし、少年の顎を白く撫で上げた。
「混沌の中にこそ、真の秩序は咲く」

風景が一変する。

『焔環審判』

パライの過去が炎に包まれた。暴走させた津波、逃げた戦い、己の力を憎んだ日々。
すべてが燃え尽き、残ったのは——ただ海と対話する少年の記憶だけ。

白焔尊は静かに告げる。
「護ることも壊すことも、すべては白焔の意志に帰す」

パライの瞳が光を取り戻す。
「……なら、俺の意志は?」

白焔尊は微笑む。神の肉体が崩れ、光の粒となって消えていく中、少年の胸に拳を押し当てる。
「それは——君の海が知っている」

夜明けが近づく頃、白焔尊は完全に消えた。
だがパライの手には、小さな白い炎が残っていた。かつて葦火守が遺した「激情と理性の炎」だ。

「……これが、力の意味か」

パライは再び海へ歩く。
今度は逃げない。オーシャングリーンの瞳には、初めて「覚悟」が宿っていた。

護るために壊す。
これでいい。

波の音が、彼の背中を押した。