そんなに見つめなくても、いつもそばにいるよ

 夏休み最後の部活の練習に良樹は来なかった。
 顧問の先生によると夏風邪を引いたということだ。
 あいつがこの夏一番頑張ったからと先生も先輩も労いの言葉を口にしていた。
 ブチと話して以来、相変わらず距離を取られていたので話せていない。
 これはチャンスだと思い良樹の家に行くことにした。

 良樹が美味い、美味いと気に入っていたケーキ屋のプリンを買って良樹の家に向かった。
 事前にLINEを入れても既読無視だったが来てしまった。
 実行あるのみ!
 ベルを鳴らすとおばさんが驚いた顔で出てきた。

「晴矢くん、わざわざ来てくれたの」
「はい。今日で夏休みの練習は最後だったのでどうしたのかなって思って。風邪ひどいんですか?」
「いえ、大したことないのよ。風邪っていうよりもお腹壊しちゃったみたいで」

 プリン食べられないか……

「せっかく来てくれたんだし、上がって。良樹呼んでくるから」

 俺は遠慮なく家に上がった。
 良樹に会わずに帰るつもりはなかった。

 ジャージ姿で二階から良樹が降りてくる。
 かなり不機嫌だ。

「ほら、わざわざ晴矢くんが来てくれたんだから。部屋に上げて。プリンも頂いたわよ」

 俺はじっと良樹の顔を見るが、良樹に目を逸らされる。
 良樹は黙ったまままた二階に上がっていく。俺は拒否されてないと受け取りその後に続いた。
 部屋はクーラーがかなり効いていて汗が一瞬で消えた。

「大丈夫か?」

 俺は身の置き場に困りウロウロしている良樹を見ながら声を掛ける。

「座るね」

 そう言うとベッドに座った。
 良樹は仕方なく勉強机の椅子に座り、適度な距離を保った。
 家の中まで距離を取られている。
 そこへ、階段を上がってくる音がするとおばさんが俺の買って来たプリンと冷たいココアを持ってきてくれた。

「美味しそうなプリンねー。おばさんも頂くわね」
「良樹が好きなんですよ。いつも俺の家で美味しそうに食べています」

 その言葉にチェッと舌打ちをする良樹。

「あらそうなの。いつも晴矢くんのお宅にお邪魔しちゃってごめんなさいね。良樹、ちゃんとお礼言うのよ」

 そう言うとおばさんは一階に降りていった。
 やっと二人でじっくりと話せる。

 俺は良樹が口を開くまで待つことにした。
 時間はいくらでもある。
 プリンの蓋を開けてスプーンを入れる俺を良樹がじっと見つめているのがわかる。
 そう、いつもの視線。

「俺の事見つめてないで話そうよ」

 良樹は微動だにせずに俺を見つめている。

「よ……」
「お前が好きだよ」

 俺を見つめたまま良樹がそうつぶやく。

「俺は晴矢が好きだ。だからキスをした」

 そう言うと良樹は長い息を吐き脱力したように頭を下げた。
 俺はプリンを置くとベッドを下り、良樹の前に座り良樹の顔を両手で包んだ。

「俺も良樹が好きだ。ずっと言えなくてごめん」

 俺の言葉を聞いて良樹も俺の顔をあの大きな手で包むといつもの笑顔になった。
 俺も釣られて笑顔になり、二人して声を出して笑った。
 こんなに簡単なことだったのに、どうしてこんなに時間がかかってしまったんだろう。

 そのまま良樹は俺を引き寄せると抱きしめた。
 覆いかぶさるように俺は力強く抱きしめられている。
 心臓の鼓動が止まない。

「……晴矢、心臓がドキドキしているだろ」
「わかるのかよ」
「わかるよ。俺もだもん」

 俺は良樹に回した手で良樹の背中を叩いた。

「ずっとこうやって晴矢のこと抱きしめていたい」
「うん、いいよ」

 俺もずっと良樹の胸の中にいたかった。心から安心できる場所。

🔸🔸🔸

 床に横並びに座りずっと手を繋いでいる。
 俺は恥ずかしくて良樹の顔が見られないけど、良樹は顔を俺に向けてずっと俺の顔を見つめている。

「ねえ、そんなに横向いていて首痛くならない?」

 俺は嬉しいくせに、つい意地悪な言い方をしてしまう。

「全然。お前のキレイな顔をこんなに近くで見られるだけで幸せ」

 良樹は恥ずかしげもなくこんな言葉を使う。

「そのうち、俺の顔の左側に穴が開くかも」
「じゃあ、今度は反対側から見る」

 良樹はそう言うと位置を変え、今度は右側から俺を見つめる。

「そういうことじゃなくてさあ」
「どういうことだよ」

 良樹は嬉しそうに顔を寄せながら俺を揶揄う。

「俺のどこが好きなの?」

 俺は一番聞きたかったことを良樹に聞いた。
 だって、俺が人から好かれるところがあるとは思えなかったから。
 親にさえ愛されないのに他人が自分を愛してくれるとは想像できなかった。

「うーん。全部」
「なんだよ、それ。いい加減だな」
「嘘だよ。まずは顔。中一の時初めて晴矢の顔見て女の子なのかなって思ったんだ。でも男子校だしなって。すごく可愛くてキレイで、寂しそうだなって」

 小学校の時も母さんと歩いていると女の子と間違えられた事はある。でもそれが嫌で髪の毛は短くしていたし、言葉遣いも男っぽくしていた。

「寂しそうに見えた?ブチとあんなにはしゃいでいたのに?」
「うん。わざと明るくはしゃいでいるのかなって。俺ってこう見えてわりと鋭いんだぜ」
「同情したの?」
「違うよ!一緒に楽しいこと出来ないかなって思った。だから仲良くなれた時はすごく嬉しくて。バスケも一緒に出来ると思ったから、絶対に楽しいと思って欲しくて頑張って教えた」

 だからあのノート。

「最初は顔だったけど、一緒にバスケするようになってからは晴矢の一生懸命なところ、真面目だし弱音を吐かないし、俺にずっと食らい付いてくるところ。可愛い顔しているのにすごく負けず嫌いで……」

 なんだかこのまま良樹に話させていると俺の全てについて細かく話しそうだ。

「わかった。もういいや……」
「なんでだよ!俺はもっと話したい!」
「え、なんで?」
「俺がどれだけお前のことが好きか、お前に聞いて欲しい!」

 こういうの何て言うんだっけ?
 しょうにんよっきゅう?
 ムキになって主張したがる良樹が面白くなってきた。

「わかったから、もっと短く言ってよ」
「何か隠しているところも気になって、どんどん好きになった」

 良樹は優しくそう言うと俺の頭に手をやり自分の肩に俺の顎を乗せ、ほほを寄せた。

「その隠していることを俺に言って欲しいなって。俺はまだまだ子供だけど全部聞いてあげたいなって」
「うん……」

 良樹の心も身体も暖かい、ありのままの俺を全て受け入れてくれる。

「俺に何でも言っていいよ。ワガママも何でも聞いてやる。晴矢が楽しいなって思うこと全部やってあげる」

 良樹と一緒にいると俺はすごくワガママな人間になりそうだ。

「だから、俺の事ずっと好きでいて」

 こんなにデカいくせに、言うことが可愛すぎる。

「……良樹以外の人を好きになることなんてあり得ない」
「ホントに?」

 良樹はいきなり身体を離すと俺と視線を合わせる。

「マジで?」
「うん。マジで。どうして疑うの?」
「……だって、お前モテそうだから」

 良樹が急にモジモジし始めて可笑しくなる。

「良樹以上に俺の事を理解してくれる人なんていない。親だって俺の事全くわかっていないのに。それに、絶対俺の方が先に良樹の事好きになったんだからね」
「でも全然言わなかったじゃん……」

 良樹は俺がいつまでも口にしなかったことが不満だったようだ。
 だって、言えないじゃん、こんなに大事なこと。

「ごめん……良樹が俺の事好きになってくれるとは思えなかったから」

 良樹は俺の手を再度握る。

「これからは何でも話そう。隠し事なしで」
「うん」

 俺は両手で良樹の手を握った。