土曜日、俺の家から電車で四駅先の良樹の家がある駅前で待ち合わせをした。
 俺は良樹に買ったレイカーズのユニフォームとおばさんにプレゼントする小さな花束を手に持っていた。
 中学生が何を持っているのかと駅前でじろじろ見られているような気もしていたが、気にならない。
 良樹の家に行けるほうが嬉しい。

「晴矢!」

 後ろから良樹の声が聞こえた。
 いつもの笑顔の良樹が居た。

「おはよう」
「何その花?なんか荷物多くないか?」
「うん。おばさんにプレゼント」

 俺はちょっと恥ずかしくなって声が小さくなる。

「マジか!お前すげーな。お父さんだってお母さんに花なんて買って来たことないのに。漫画みたいだ。しかもおしゃれじゃね?」

 良樹は俺が持っている花束をあらゆる方向から見ている。

「いいよ、恥ずかしいからそんなに見るな」

 俺がムキになると良樹が声をあげて笑った。

「なんか学校以外で会うと晴矢って可愛いよな。年下みたいだ」
「ウルさい!お前がデカいからだろ」

 可愛いと言われて顔が赤くなる。可愛いとか言うな……

「行こう。そっちの荷物持つよ」

 良樹の為に買ったプレゼントを持とうとする。

「あ、これはお前にプレゼント。招待してくれたから」
「え?俺にも!なんか……晴矢って絶対俺たちと住んでいる世界が違うよな。家に呼ぶだけでプレゼントくれるの?お父さんもお母さんにいつもそう言われているのか?」

 俺の考えだよ。
 そう伝えたかったけど言えなかった。両親は気が利いていると思われている方が楽だ。

「うん。母さんは友達と会うたびに色々プレゼントしているみたい」
「ふーん。で、これ何?」
「レイカーズのユニフォーム。お前、レイカーズ好きじゃん。欲しいって前にスマホで見ていたじゃん」
「え……嘘だろ。あれすごく高かったよ」

 喜んでいた良樹の声と表情が変わった。
 確かに中学生が買うには高い値段なのかもしれないが、俺はよくわからなかった。

「……もらえないよ。多分このユニフォームの値段のほうがお母さんの作った料理よりも高いし、俺お父さんに怒られる」

 良樹が申し訳なさそうに言う姿に涙が出そうになる。
 そんなつもりはなかったのに、また良樹に気まずい思いをさせてしまう。

「買ったわけじゃないんだよ!と、父さんがアメリカでNBAと仕事していてチームごとのユニフォームをもらってきたんだよ。その中の一つ。俺欲張りだから全部持っておこうと思ったけど、お前が好きなのを思い出して。だからタダなの!」

 咄嗟に出た嘘。
 無理がありそうだが、俺の家の事を知らない良樹なら信じるはず。そう願いつつ良樹の返事を待った。

「あ、そうなんだ。えーじゃあいいのか?お前のコレクションをくれるってこと?」
「うん。良樹にならあげるよ」

 良樹が俺に飛びついてきた。
 突然過ぎて俺は固まってしまったが、俺の肩を抱きながら飛び跳ねる良樹はホントにゴールデン・レトリバーだった。
 いつも学校でも飛びつかれているのに今日に限って心臓がドキドキした。

 良樹の家に着くとおばさんが笑顔で迎えてくれた。
 ニコニコマークみたいな笑顔。
 おばさんの笑顔は良樹に似ている。やっぱり親子だ。

「いらっしゃい。良樹から聞いていたけどやっぱりハンサムねえ」

 え?俺ってハンサムなの?

「お、お邪魔します」

 俺は最敬礼をして靴を脱いで上がった。
 脱いだ靴を揃えているとおばさんが感激したような声を出した。

「うわ、やっぱりすごいわ。お父さんもお母さんもしっかり躾されているのね。良樹も人様のお家にお邪魔したら晴矢くんみたいにちゃんと脱いだ靴を揃えるのよ、いい?」

 これはサワさんから教わったことだ。
 小学校の時、ブチの家に遊びに行った時も必ずこうやって家に上がった。
 ブチは俺と遊びたくて早く部屋に来いと急かすけど、絶対にこれだけは守った。
 自分なりのプライドだった。

「やっぱり晴矢すごいな。お母さんが褒めることってあまりないんだぜ」

 良樹は俺の耳元でそう囁いた。
 良樹の息が耳にかかって俺はまたドキドキした。

 リビングダイニングに入ると既にテーブルの上には料理が並べられていた。
 湯気が出ていて良い匂いがする。

「スゴイ……美味しそう」

 思わず心の声が漏れた。

「晴矢くんの好みに合うといいけど」

 俺は手に持っていた花の事を思い出し、おばさんに渡す。

「いつもお弁当ありがとうございました。すごく美味しかったです」

 恥ずかしくて顔を下に向けたまま花を差し出した。
 後で良樹になんかそういうポーズをドラマで見たと言われたけど。

「え、えー。わざわざお花を買って来てくれたの?ありがとう。晴矢くん。おばさんお花もらったのなんて何十年ぶりよ。しかもすごく洒落ている。ねえ、良樹見て」

 おばさんは嬉しそうに良樹に花を見せている。
 良かった。ミッション成功。

「俺も晴矢からプレゼントもらったんだ」

 良樹はレイカーズのユニフォームを体に当てながらおばさんに見せる。

「晴矢くん、こんなに気を遣わないでくださいってご両親にお伝えしてね。本当に申し訳ないわ」
「……はい」

 うん。大丈夫。
 気が付かない人たちだから。

 おじさんは会社の人とゴルフでいなかった為、俺と良樹とおばさんの三人で食事をした。
 俺が美味しいと感激した生姜焼きやから揚げ、春巻き、ポテトサラダや野菜炒めに炊き込みご飯まであった。
 俺は今までで一番食べたかもしれない。どれも美味しくて箸が止まらなかった。

「晴矢ってそんなに喰えるんだな、知らなかった」

 良樹も俺の食欲に驚いたようだった。

 おばさんは話をするのも、振るのも上手で、俺はついついしゃべり過ぎてしまった。

「へー。お母さん凄いのね」

 俺は母さんが昔バレリーナだったことをつい話してしまった。

「今はやられていないの?」
「はい。俺が生まれてからは全然」
「晴矢くんがこれだけハンサムだからお奇麗なんでしょうね。そういえば、学校の行事でお母さんお見かけしたかも。背が高くてロングの髪の毛をくるくる巻かれていて。女優さんかモデルさん?と思った方かしらね」

 おばさんはニコニコマークの笑顔でうなずいているが、俺から見ればおばさんのほうがよっぽど可愛い。
 化粧をしていない母さんの顔を思い出すのも難しい。

「お父さんは外国に長いの?」
「いえ。俺が中学生になってからは日本にいます」

 日本にはいるけど家には帰ってこない、ほとんど。
 どんな顔だか思い出すのも難しい。

「本当にお行儀良くて。良樹はガサツだから晴矢くん嫌にならない?」
「全然。でも時々大型犬みたいです。すぐにじゃれついてくる」

 ホントのことだった。何かあるとさっきみたいに抱き着くし、じゃれつく。

「ゴールデン・レトリバーなんだろ、俺って」
「あら、可愛いじゃない!ゴリラとか言われてもいいのに」
「お母さん!」

 良樹とおばさんの仲の良さが羨ましかった。
 ブチとブチのおばさんの会話もボケとツッコミみたいで面白いけど。

「ごちそうさまでした」

 俺は皿を片付けようとするがおばさんの手が止める。

「いいのよ、そういうことはしなくて。ありがとうね」

 優しく言われ、いつも家でしていることが自然とでてしまいちょっと恥ずかしかった。

「晴矢、俺の部屋行こう。見せたいものがあるんだー」
「後でケーキ持っていくから」

 俺は良樹と二階の良樹の部屋に行った。

 初めて入った良樹の部屋は壁中にNBAの選手のポスターが貼られていた。
 大きなベッドと学習机と椅子、本棚というシンプルな部屋だった。
 ブチの部屋にはこれにプラスして大量のぬいぐるみとフィギュアが並ぶ棚があるけど。

「これ着てみていい?」

 俺がプレゼントしたユニフォームを出すと、着ていたTシャツを脱ぎ着替え始める。
 いつも部活のロッカーで着替えている姿を目にしているはずなのに、上半身裸の良樹を見てこんなに筋肉あったんだ……と思う。
 思わず唾を飲みこんでいる自分がおかしくなったのではないかと焦った。

「どう?ピッタリじゃね?」

 LAYKERSと書いてある黄色いユニフォームは浅黒い肌の良樹にはピッタリだ。
 こんなに似合うならプレゼントした甲斐がある。

「うん。すっごく似合っている」
「へへ。嬉しいなー。ホントありがとう晴矢!」

 真正面で笑顔を向けられ、俺は目を逸らすことが出来なかった。

「ん?どうした?」

 良樹が俺の前髪を触った。

「な、なに?」
「ゴミが付いていた」

 糸くずを見せられて俺はホッとした。
 相変わらず良樹は俺を見ているが俺は気づかないように話を振った。

「見せたい物って何?」
「これ」

 良樹からノートを渡された。

「この三年間のお前のバスケットボール成長記録。お前に初めてバスケを教えた日から俺は日記を書いていたわけ」

 俺の成長記録?良樹が俺の事を日記に?

「どういうこと?」
「一応、俺はお前に初めてバスケを教えた人間でもあるし、上手くなっているかなーとか伸び悩んでないかなーとかそういうことを書いておいたの」
「どうして?だってそれって一年の時だけじゃん」
「でも俺はずっとお前のこと見ていたよ」

 俺の事を見ていた……ずっと?

「そ、そんなエラそうに」

 俺は嬉しい気持ちを隠すためにワザと意地悪に言ってみた。

「だってエラいもん、俺」

 確かに良樹が入ってからトーナメントでは常に優勝している。

「高校でもバスケは続けるだろ?だからこれを読み返すといい勉強になるよ」

 ノートを開くと良樹の几帳面な文字が並ぶ中下手くそなイラストも混じる。

「あ、イラストは気にするな。俺の絵の下手くそさはお前も知っているだろ」
「あ……これ俺だ」

 シュートをするイラストがあった。
 その男の子の右手の肘に大きな黒子が描かれていた。
 遠くからも目立つ黒子。
 俺はそれが大嫌いで、隠すためにTシャツでも袖が長めのものをばかり着ていた。
 でも、良樹は黒子が星の形をしているみたいで格好いいと言ってくれた。

「うん。お前の黒子格好いいからちゃんと描いた」

 俺の事を見ていた……ずっと。

「なんか言えよー」

 いつの間にかベッドに座っている俺の横に座り肩で肩を押された。
 良樹の体温を感じる……

「ありがと。ちゃんと読むよ」
「よっしゃ!」

 良樹がガッツポーズをしたせいで身体が離れた。
 俺はホッとした。
 今まで感じたことがない、経験したことが無い気持ちに戸惑っていた。