俺と良樹とブチは中学三年生になっても常に連れ立って歩いていたが、いつからかマトリョーシカと呼ばれるようになった。
同級生が父親からロシア土産にもらったという小さいマトリョーシカ人形を学校に持ってきた。全部で三体あり、小さい順に入れ子になるお人形。
それに俺たち三人が似ていると言われた。
ちょうど15センチずつ身長が違う。
180センチの良樹、165センチの俺、150センチのブチ。
三人で横になって廊下を歩いているとマトリョーシカに見えるらしい。
「俺たちマトリョーシカ兄弟だな」
弁当を食べながら楽しそうに良樹が言う。
俺もブチもそんなこと言われたくないとキレていたのに、良樹は嬉しそうだ。
「そりゃ、良樹は一番デカくて俺たちを飲み込むわけだからいいよなー」
「そうだよ、俺なんて最初に喰われちゃうんだぞ」
ブチが情けない顔で嘆く。その顔に良樹も俺も笑ってしまう。
「別に喰わねーし。晴矢は購買のパンなのか?」
良樹は俺が菓子パンを食べているのに気づく。
「うん。サワさんの体調が悪くて今週いっぱい家に来ないんだ」
「お母さんは作らないの?」
良樹は俺の母さんのことを知らない。
家のことを知っているブチが気を利かせて夕べ見たアニメの話を持ち出すが、良樹は俺の方にしか興味がないようだ。
「うん……作らないよ」
「じゃあ、ずっと菓子パンなのか?」
「うん。別に嫌いじゃないし。いいじゃん別に」
俺は早くこの話を切り上げたかった。
何故か良樹には俺の家のことは言いたくなかった。
「でさ、あの戦闘シーンの迫力がさぁ……」
ブチは話し続けてくれている。俺もその話に乗り、良樹の視線を交わした。
良樹は俺の顔を見つめて何か話したそうだったが諦めて、ブチの話を聞いている。
良かった。良樹には知られたくない。
🔸🔸🔸
次の日、購買に行こうとする俺を良樹が止めた。
「なに?パン買いに行くんだけど」
「いいから。来いよ」
いつも三人で座っている窓辺の席に行くと、既にブチは食べ始めていた。
「お腹すいたから食べ始めちゃったよ」
全く食い意地のはった奴。
机の上には二つの弁当箱がある。
良樹は一つを俺に渡す。
「はい。お母さんが晴矢に食べてって」
俺は驚きのあまり何も言えなかった。
俺のために良樹のお母さんが作ってくれたお弁当。
「え、どうして……」
「晴矢がずっとパンだけ食べ続けるのは嫌だろうと思ってお母さんに言ったら一人分も二人分も変わらないから持って行けって」
良樹が照れくさそうに下を向きながら話す。
良樹が俺の事を心配して?
俺は弁当箱を持ちながら泣きそうだった。
他人なのに俺の事を思ってくれている人がいる。
父さんも母さんも俺の事を思ってくれていると感じたことがないのに。
どうして……そんなに良樹は優しいの。
「早く、喰おうぜ!ほら、良樹座って。お前が前に立っていると暗いよ」
ブチは俺が泣きそうになっていることに気づいてまた気を利かせた。
ホントそういうところはイイ奴。
「あ、ごめん。嫌じゃなかったら喰ってよ、晴矢」
「うん。ありがとう。嬉しい」
俺はそれだけ言うのが精いっぱいだった。
良樹は俺の顔を覗き込もうとするが、安心したのかゴールデン・レトリバーのような笑みを浮かべて座った。
大きめのお弁当箱の中には生姜焼き、卵焼き、肉ジャガにミートボール、ナポリタン、ブロッコリーやトマト、色鮮やかなおかずで賑わっていた。
「わー美味そう!晴矢、俺も喰いたい」
食いしん坊のブチが箸を伸ばすが俺は咄嗟に弁当箱を取り上げる。
「なんでだよ!」
「ダメ!これは俺のために良樹と良樹のお母さんが作ってくれたんだから。お前は食べちゃダメ」
「ちぇっ!良樹、俺にも作ってもらってよ」
「えー、嫌だよ」
「なんで嫌なんだよ!」
良樹とブチが言い合っている中、俺は生姜焼きを口に入れる。
その瞬間を良樹が見ている。
「どう?」
「美味い!お店の味みたいだ」
「よっしゃ!」
良樹のお得意のガッツポーズが出た。すごく嬉しそうだった。
正直、良樹の嬉しそうな顔を見る俺の方がもっと嬉しかった。
ありがとう良樹。いつもそばにいてくれて。
🔸🔸🔸
それから一週間、おばさんは俺にお弁当を作ってくれた。
毎日おかずは変わり、何を食べても美味しかった。
サワさんの作る料理は母さんの趣味もあり、レストランのような洋食が多い。生姜焼きならポークソテーになり、肉ジャガならポトフになる。
同じ材料を使っていても全く異なる料理だ。
「俺、良樹のおばさんの料理大好き」
「マジ?じゃあ、今度家にご飯食べに来なよ。お母さん晴矢に会ってみたいって言っていた」
「ホントに!行っていいの?」
「うん。小学校の時もバスケクラブの友達が来ると喜んでいたし。俺、晴矢のことは色々お母さんには話しているんだー」
ドキッとした。俺の事をお母さんに話している?
「え、俺は?俺の事は?」
すかさずブチが入ってくる。
「ブチの事も話しているよ。丸くて小さくて、ウルさくて、でもクラスで一番頭が良いって」
「最後はいいけど、丸くて小さくてって何だよ!」
ブチがブチブチ言っているのも気にならずに俺は良樹が言った言葉を心の中で繰り返していた。
俺のことを色々話しているって……色々って何?
そんなことを考えていると良樹が俺を見つめていることに気づいた。
「へ……?」
「いつ来る?週末でもいいよ」
「あ、ああ。ちょっと父さんたちに相談してみる」
嘘だった。
父さんなんて一年近く顔を合わせていない。母さんも俺が何しようが気にしていない。でも、そういう風に見せたかった。普通の家の子として。
「ブチも来るか?」
「週末はダメだ。家族で出掛けるのが決まりだし、まだお友達の家でごちそうになるのはダメって言われているし」
「意外と厳しいんだな」
「違うよ、ブチの場合は出された物を人の分まで喰っちゃうからだよ。俺の家に来た時も俺半分も食べられなかったもん」
「それ言うなー。ホントのことだけど。だってサワさんの作った料理、ドラマで見るような物ばっかりでレストランで食べているみたいだったよ」
「え、すごいな。じゃあ、ちょっとお母さんの料理食べてもらうのは恥ずかしいかな」
ブチのオーバーな話のせいで良樹が気まずくなっている。
「ブチ!余計なこと言うな。俺は良樹のおばさんの料理食べたい。お弁当でこんなに美味しいなら出来立てなんてもっと美味しいだろ」
俺の言葉で良樹に笑顔が生まれた。
「良かった。俺もお母さんに聞いておくから晴矢も聞いておいて」
俺はいつでも大丈夫……そう思いながら笑顔でうなずいた。
🔸🔸🔸
家に帰ると珍しく母さんがリビングに居た。いつもは自分の部屋に籠っているのに。
良樹の家に行くのに何か持って行くべきなのか聞きたくなった。
母さんは友達と会う時には抱えきれないほどの荷物を持っていくのを見ていたから。
「母さん」
「あら、お帰り晴矢。この間の中間テストの成績凄かったじゃない。ホントにあなたのそういうところお母さん大好き」
母さんはほとんど俺に対して興味を示さないが、中間や期末のテスト結果には異常に拘る。だから常に良い成績を上げて、話すきっかけを作っていた。
昨日も中間テストの結果をダイニングテーブルに置いて学校に行ったが、ちゃんと見てくれたみたいだ。
「うん。頑張ったよ」
「何が欲しい?何でも買ってあげる」
毎回そう言うが俺が考えている間に、母さん自体がこの話を忘れてしまっている。だから買ってもらわずに終わることも多い。
「あ、バスケのNBAのユニフォームが欲しい。公式で売っているやつ」
母さんは何を言っているのか理解出来ないようだったが、いつものように俺にクレジットカードを渡す。
「何言っているかわからないけど、好きなもの買いなさい。あなたは決して無駄遣いしないからお母さん信頼しているの」
そう言うとまた自分の部屋に行ってしまった。
良樹が欲しいと言っていたNBAの公式のユニフォーム。それを良樹の家に行く時に持っていこう。でも、いつもお弁当を作ってくれたのはおばさんだし……
母さんがたまに花束を抱えて帰ってくることがあった。
あれだ!お花を買っていこう。女の人は好きなはず。
俺は早速スマホでNBAのオンラインショップに入り、良樹の好きなチームのユニフォームを探した。
同級生が父親からロシア土産にもらったという小さいマトリョーシカ人形を学校に持ってきた。全部で三体あり、小さい順に入れ子になるお人形。
それに俺たち三人が似ていると言われた。
ちょうど15センチずつ身長が違う。
180センチの良樹、165センチの俺、150センチのブチ。
三人で横になって廊下を歩いているとマトリョーシカに見えるらしい。
「俺たちマトリョーシカ兄弟だな」
弁当を食べながら楽しそうに良樹が言う。
俺もブチもそんなこと言われたくないとキレていたのに、良樹は嬉しそうだ。
「そりゃ、良樹は一番デカくて俺たちを飲み込むわけだからいいよなー」
「そうだよ、俺なんて最初に喰われちゃうんだぞ」
ブチが情けない顔で嘆く。その顔に良樹も俺も笑ってしまう。
「別に喰わねーし。晴矢は購買のパンなのか?」
良樹は俺が菓子パンを食べているのに気づく。
「うん。サワさんの体調が悪くて今週いっぱい家に来ないんだ」
「お母さんは作らないの?」
良樹は俺の母さんのことを知らない。
家のことを知っているブチが気を利かせて夕べ見たアニメの話を持ち出すが、良樹は俺の方にしか興味がないようだ。
「うん……作らないよ」
「じゃあ、ずっと菓子パンなのか?」
「うん。別に嫌いじゃないし。いいじゃん別に」
俺は早くこの話を切り上げたかった。
何故か良樹には俺の家のことは言いたくなかった。
「でさ、あの戦闘シーンの迫力がさぁ……」
ブチは話し続けてくれている。俺もその話に乗り、良樹の視線を交わした。
良樹は俺の顔を見つめて何か話したそうだったが諦めて、ブチの話を聞いている。
良かった。良樹には知られたくない。
🔸🔸🔸
次の日、購買に行こうとする俺を良樹が止めた。
「なに?パン買いに行くんだけど」
「いいから。来いよ」
いつも三人で座っている窓辺の席に行くと、既にブチは食べ始めていた。
「お腹すいたから食べ始めちゃったよ」
全く食い意地のはった奴。
机の上には二つの弁当箱がある。
良樹は一つを俺に渡す。
「はい。お母さんが晴矢に食べてって」
俺は驚きのあまり何も言えなかった。
俺のために良樹のお母さんが作ってくれたお弁当。
「え、どうして……」
「晴矢がずっとパンだけ食べ続けるのは嫌だろうと思ってお母さんに言ったら一人分も二人分も変わらないから持って行けって」
良樹が照れくさそうに下を向きながら話す。
良樹が俺の事を心配して?
俺は弁当箱を持ちながら泣きそうだった。
他人なのに俺の事を思ってくれている人がいる。
父さんも母さんも俺の事を思ってくれていると感じたことがないのに。
どうして……そんなに良樹は優しいの。
「早く、喰おうぜ!ほら、良樹座って。お前が前に立っていると暗いよ」
ブチは俺が泣きそうになっていることに気づいてまた気を利かせた。
ホントそういうところはイイ奴。
「あ、ごめん。嫌じゃなかったら喰ってよ、晴矢」
「うん。ありがとう。嬉しい」
俺はそれだけ言うのが精いっぱいだった。
良樹は俺の顔を覗き込もうとするが、安心したのかゴールデン・レトリバーのような笑みを浮かべて座った。
大きめのお弁当箱の中には生姜焼き、卵焼き、肉ジャガにミートボール、ナポリタン、ブロッコリーやトマト、色鮮やかなおかずで賑わっていた。
「わー美味そう!晴矢、俺も喰いたい」
食いしん坊のブチが箸を伸ばすが俺は咄嗟に弁当箱を取り上げる。
「なんでだよ!」
「ダメ!これは俺のために良樹と良樹のお母さんが作ってくれたんだから。お前は食べちゃダメ」
「ちぇっ!良樹、俺にも作ってもらってよ」
「えー、嫌だよ」
「なんで嫌なんだよ!」
良樹とブチが言い合っている中、俺は生姜焼きを口に入れる。
その瞬間を良樹が見ている。
「どう?」
「美味い!お店の味みたいだ」
「よっしゃ!」
良樹のお得意のガッツポーズが出た。すごく嬉しそうだった。
正直、良樹の嬉しそうな顔を見る俺の方がもっと嬉しかった。
ありがとう良樹。いつもそばにいてくれて。
🔸🔸🔸
それから一週間、おばさんは俺にお弁当を作ってくれた。
毎日おかずは変わり、何を食べても美味しかった。
サワさんの作る料理は母さんの趣味もあり、レストランのような洋食が多い。生姜焼きならポークソテーになり、肉ジャガならポトフになる。
同じ材料を使っていても全く異なる料理だ。
「俺、良樹のおばさんの料理大好き」
「マジ?じゃあ、今度家にご飯食べに来なよ。お母さん晴矢に会ってみたいって言っていた」
「ホントに!行っていいの?」
「うん。小学校の時もバスケクラブの友達が来ると喜んでいたし。俺、晴矢のことは色々お母さんには話しているんだー」
ドキッとした。俺の事をお母さんに話している?
「え、俺は?俺の事は?」
すかさずブチが入ってくる。
「ブチの事も話しているよ。丸くて小さくて、ウルさくて、でもクラスで一番頭が良いって」
「最後はいいけど、丸くて小さくてって何だよ!」
ブチがブチブチ言っているのも気にならずに俺は良樹が言った言葉を心の中で繰り返していた。
俺のことを色々話しているって……色々って何?
そんなことを考えていると良樹が俺を見つめていることに気づいた。
「へ……?」
「いつ来る?週末でもいいよ」
「あ、ああ。ちょっと父さんたちに相談してみる」
嘘だった。
父さんなんて一年近く顔を合わせていない。母さんも俺が何しようが気にしていない。でも、そういう風に見せたかった。普通の家の子として。
「ブチも来るか?」
「週末はダメだ。家族で出掛けるのが決まりだし、まだお友達の家でごちそうになるのはダメって言われているし」
「意外と厳しいんだな」
「違うよ、ブチの場合は出された物を人の分まで喰っちゃうからだよ。俺の家に来た時も俺半分も食べられなかったもん」
「それ言うなー。ホントのことだけど。だってサワさんの作った料理、ドラマで見るような物ばっかりでレストランで食べているみたいだったよ」
「え、すごいな。じゃあ、ちょっとお母さんの料理食べてもらうのは恥ずかしいかな」
ブチのオーバーな話のせいで良樹が気まずくなっている。
「ブチ!余計なこと言うな。俺は良樹のおばさんの料理食べたい。お弁当でこんなに美味しいなら出来立てなんてもっと美味しいだろ」
俺の言葉で良樹に笑顔が生まれた。
「良かった。俺もお母さんに聞いておくから晴矢も聞いておいて」
俺はいつでも大丈夫……そう思いながら笑顔でうなずいた。
🔸🔸🔸
家に帰ると珍しく母さんがリビングに居た。いつもは自分の部屋に籠っているのに。
良樹の家に行くのに何か持って行くべきなのか聞きたくなった。
母さんは友達と会う時には抱えきれないほどの荷物を持っていくのを見ていたから。
「母さん」
「あら、お帰り晴矢。この間の中間テストの成績凄かったじゃない。ホントにあなたのそういうところお母さん大好き」
母さんはほとんど俺に対して興味を示さないが、中間や期末のテスト結果には異常に拘る。だから常に良い成績を上げて、話すきっかけを作っていた。
昨日も中間テストの結果をダイニングテーブルに置いて学校に行ったが、ちゃんと見てくれたみたいだ。
「うん。頑張ったよ」
「何が欲しい?何でも買ってあげる」
毎回そう言うが俺が考えている間に、母さん自体がこの話を忘れてしまっている。だから買ってもらわずに終わることも多い。
「あ、バスケのNBAのユニフォームが欲しい。公式で売っているやつ」
母さんは何を言っているのか理解出来ないようだったが、いつものように俺にクレジットカードを渡す。
「何言っているかわからないけど、好きなもの買いなさい。あなたは決して無駄遣いしないからお母さん信頼しているの」
そう言うとまた自分の部屋に行ってしまった。
良樹が欲しいと言っていたNBAの公式のユニフォーム。それを良樹の家に行く時に持っていこう。でも、いつもお弁当を作ってくれたのはおばさんだし……
母さんがたまに花束を抱えて帰ってくることがあった。
あれだ!お花を買っていこう。女の人は好きなはず。
俺は早速スマホでNBAのオンラインショップに入り、良樹の好きなチームのユニフォームを探した。


