良樹の両親がタイから帰ってきた二日後に、父さんと俺が良樹の家に行くことになった。
 それまでに父さん、キーちゃん、俺と良樹で説得するためのシミュレーションをする。

「ミッションインポッシブルみたいだな」
「ホント。作成遂行には緻密な計画ありきみたいな」

 俺と良樹は楽しんでいたが、父さんとキーちゃんは大真面目に考えてくれていた。

「そこの二人、遊ばない!良樹くん、ご両親のどちらが強く反対すると思う?」
「うーん……お母さんだと思います。最近、俺が反抗しているってずっと思っているみたいだし」
「おばさんは良樹の事大好きだもんな。悲しませたくないよね」
「……今までちゃんと聞いていなかったけど、お前たち二人が付き合っていることをご両親は知っているのか?」

 父さんの問いに良樹は困った表情をして首を振る。
 両親には話せるとは言っていたけど、今のこの状況で話すことはマイナスな結果になりそうだと思った。

「俺は今、伝えなくてもいいと思う」

 良樹は横に居る俺の顔を見つめる。

「ごめん……」
「どうして謝るんだよ。嘘をつくことになるから良樹の方が辛いだろう」
「なるべくリスクは回避したいところだな。まずは手島くんが日本に残って、無事に高校を卒業して大学に進学出来ることが最優先事項だと思う」
「はい。そうしたいです」

 二人の関係を知ったらやっぱりおじさんもおばさんも許してくれないのかな……
 さっきまではしゃいでいた二人が静かになったのをキーちゃんが気にしたのか明るく声を出す。

「二人の関係が続くことが一番だよ。いつかは話せるチャンスがくるから。良樹くんは宗さんにあんなに堂々と話せたわけだから、ご両親にもきちんと伝えることが出来ると思う」

 キーちゃんのポジティブな言葉に良樹が微笑む。

「なんか腹減ったなー。ピザでも注文しないか?」
「ピザ?宗さん、最近また太ってきたんだから駄目よ」
「なんでだよ。頭使うと腹が減るんだよ。しかもそういう脂っこい物が食べたくなるんだよー」
「だーめ!サワさんがお夕飯作ってくれているでしょ。良樹くんも一緒に食べよう。今用意するから」

 父さんがキーちゃんに甘える姿は何度見ても笑える。
 これでそんなに仕事が出来る人なのかな?

「晴矢、スマホで注文しろ。何でも好きな物を頼め!」
「ダメだよ、キーちゃんに怒られる」
「じゃあ、手島くん。頼んでみて」
「おじさんの健康の為にもダメです!」
「なんだよ、お前たち二人して!全員でグルか?」

 あまりにも情けない声を出す父さんに、俺と良樹は大笑いした。
 いい年をしたおじさんがピザのことで拗ねている姿は面白過ぎる。
 こんな風に四人で毎日笑いあえる暮らしが出来るといいなと笑っている良樹を見ながら思った。

 🔸🔸🔸

 「突然、お邪魔して申し訳ありません。いつも晴矢がお世話になっておりまして、ありがとうございます。私が仕事を理由に十分目を掛けていなかったものですから、色々とご迷惑をおかけしまして」

 父さんと俺は良樹の家を訪ねた。
 おじさんもおばさんも俺たちの急な訪問に戸惑っている。

「いえ、晴矢くんはすごくしっかりなさっていて、良樹も見習うところがいっぱいありました。また、いつもご丁寧にお土産を頂戴しまして、ありがとうございます。そんなお気遣い無用ですので。といっても、近いうちにタイに引っ越してしまいますので。残念ですけど、せっかく仲良くさせていただいたのですが」

 早速、おばさんは引っ越しの事を口に出した。
 俺は思わず父さんの顔を見る。

「そのお話なのですが。私の方で一つ提案させて頂きたいことがありまして。その件で今回お邪魔いたしました」
「提案とは……?」

 おじさんもおばさんも全く見当がつかないという表情をしている。
 その横に居る良樹はさっきから俺の顔ばかり見ている。
 こういう場でも俺を見つめているの?

「良樹くんをウチで預からせて頂けないかと思いまして。良樹くんはこのまま日本に留まって高校を卒業してそのまま大学へ進学したいと聞きました。でも東京で一人暮らをしていくことは難しい。僭越ながら私でよければ良樹くんの生活全般を責任もって見させて頂きます。我が家はほぼ二人暮らしですから、良樹くんの部屋も用意できますし、家事全般はお手伝いさんが通いで来ていますので、そのあたりの心配もありません。何より、晴矢が良樹くんと一緒に卒業したいと願っていることが大きく、今まで親らしいことをしてこなかった父親として彼の願いを一つ叶えてあげられないかと思った次第です」

 父さんの熱弁に良樹のおじさんもおばさんも呆気に取られている。
 さすがの良樹も俺から視線を外すと父さんを見ていた。
 俺自身、初めて父さんを誇らしく思った。

「はぁ……いえ、いきなりのお話で。はあ、そうですか。そこまで考えて頂いているとは大変ありがたいのですが。良樹はどうなんだ?」
「俺は何度も言っている通りこのまま東京に残りたい。今回、晴矢とおじさんからこの提案を聞いてすごく嬉しかった。俺は晴矢と一緒に卒業したいし、大学へも行きたい。ダメかな?お父さん、お母さん、晴矢の家でお世話になっちゃダメかな?」

 良樹の切実な声がおじさんとおばさんに届いて欲しい。
 俺は父さんと顔を見合わせる。
 後は、良樹たち家族の問題だ。

「いきなり不躾な話をしてしまいまして申し訳ありませんでした。今、ここで結論を出すのは難しいと思いますので、ご家族みなさんで相談なさってください。我々はいつでもウェルカムですので」
「あの……大変失礼ですが、先野さんは今年図書館がリニューアルされた際の工事費を寄付された方ですよね?後、何年か前の体育館の新しいロッカールームとか」
「ああ、ええ、まあ。生徒の皆さんがより快適に学生生活を送ることが出来ればと思いまして。そんな大層な事ではありません」
「いえ、なかなか出来ることではありません。こういう立派な方だから晴矢くんも品があって、きちんとされているのかと思っておりました」

 おばさんが父さんを褒めている。
 もしかして良い風が吹いている?
 俺が良樹の顔を見ると、良樹の口元に笑みがこぼれていた。

「では、再度こちらからご連絡いたしますので。晴矢、お暇しよう」
「はい」

 俺は『品が良く』従順な振りをして父さんの後に続き、丁寧にお辞儀をして良樹の家を出た。
 良樹も一緒に出てきて、三人で父さんの車を止めた駐車場まで歩く。

「いやー、ヒヤヒヤしたけど上手くいったんじゃないか?」
「すごいよ!父さん!あんなにスラスラ喋れるなんて尊敬した」
「本当に、おじさんの話を夢中で聞いちゃいました」
「そうか、そうか。父さんを見直してくれたか」

 俺と良樹に持ち上げられたことがよほど嬉しかったのか上機嫌になっている。

「お父さんたち納得してくれるかな……」
「うん。良樹が説得すれば大丈夫だよ。おばさんも父さんの事褒めていたし。悪い印象はなさそう」
「頑張ってみる」

 そう言うと二人で手を握り合う。
 もう少し一緒に居たかったけど、良樹にはミッションが残っている。
 俺は車に乗ると良樹の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

 🔸🔸🔸

「行ってきまーす」
「気を付けていけよ。着いたら電話しろよ」
「良樹くん、晴矢くんのことお願いね。宗さんがウルさいから」
「大丈夫です。ちゃんと面倒みますから」
「良樹、早くー」

 夏休みに入って一週間。
 俺と良樹は念願の二人旅に出発した。
 高校生二人だけでホテルや旅館に泊まるのは難しく、結局父さんが所有している伊豆にあるリゾートマンションに滞在することにした。
 なので行先は伊豆だ。
 
「父さんの心配の仕方がよくわからない。だって東京から電車で一時間だよ?しかも自分のマンションじゃん。何なの?あれは」
「一人息子が可愛いからだろ。伊豆って初めて行く。晴矢は?小さい頃は連れて行ってもらったの?」
「うーん、小学校の頃は行ったかな。あんまり覚えていない」
「そっか。じゃあいっぱい思い出作ろうぜ!」
「うん」

 🔸🔸🔸
 
 父さんが良樹の両親に熱弁した一週間後に良樹たちが家に訪ねてきた。

「よろしくお願いいたします」

 おじさんとおばさんが父さんに頭を下げた。
 俺と良樹は顔を見合わせ、背中で手を繋いでいた。

 おじさんたちは本当に良樹がウチで生活が出来るのか不安だと思い、この一週間キーちゃんと二人で良樹の部屋を用意していた。
 客間に使っていた部屋で、本棚やベッドはあるし、収納も大きなものがある。
 勉強机は父さんが以前使っていたデスクを押し入れから引っ張り出し、椅子はデカい良樹に合わせて新しいものを買った。
 徹底的に掃除をして誰が見ても完璧な部屋に仕上げた。

「これ、お前とキーちゃんがやってくれたの」
「そうだよ、どう凄いだろう」
「サイコー」

 そう言うと良樹は俺を抱き上げた。

「ちょっ、良樹。はしゃぎすぎ!」
「いいじゃん。嬉しいんだから!」

 その勢いでキスまでされた。
 おじさんもおばさんも一階に居るのに……

「ここまでは来ないよ……」
「ったく……調子乗り過ぎだよ!」
「嬉しいくせに~」

 大人たちが何を相談していたかは知らないが、夏休みを前に良樹は無事にウチに引っ越してきた。

 🔸🔸🔸

「スゴっ!オーシャンビューだ」

 マンションの最上階にある部屋のテラスからは海が一望出来る。
 確かにここから海を見た記憶が蘇ってきた。

「ブチに写真送りつけよー。あいつ絶対羨ましがるな」
「今度連れて行けって絶対言うよ」

 良樹は写真をLINEでブチに送っている。
 
「気持ちいいなー」

 風が心地よく俺は永遠に海を眺めていられそうだった。
 気がつくと良樹はスマホでも海でもなく隣に居る俺を見つめている。

「ねえ、あらためて聞くけどさ、どうして常に俺の事見つめているの?」
「……お前が好きだから」
「知ってるけど……良樹の首が心配。絶対左右の首の長さが違ってそう」
「……ずっと見てないとお前がどこかに行ってしまいそうだったから」
「え?」
「俺の視線の届くところにいつも居て欲しかったから、いつからか無意識にお前のこと見つめるようになった」

 俺は良樹に身体を向けて、腕を首に回した。

「俺はどこにも行かない。ずっと一緒に居る。だからそんなに見つめなくていいよ」
「じゃあ、こうする」

 良樹は優しく俺の身体を抱き寄せるとキスをした。