良樹とのことで頭がいっぱいでも中間テストはやってくる。
ほとんど勉強に身が入らなかったが、さすがに成績を落とすわけにはいかず、俺だけいつもより早い電車に乗り学校へ向かっていた。
学校に着くと図書館に直行し、始業ベルが鳴る直前まで勉強し教室に戻った。
良樹と話したかったが、良樹は良樹で俺を避けている。
ブチとはノートの貸し借りで会話をしているようだが、俺との会話はない。
俺は中間テストが終わるまでは、この状況を変えることは難しいと思い勉強に集中した。
大丈夫、まだ時間はある。そう思っていた。
🔸🔸🔸
地獄のテスト週間が終わった翌日、良樹は学校に来なかった。
俺はやっと良樹に自分の気持ちを話せると思っていたのに、チャンスを逃した。
「良樹どうしたんだろうな?テスト頑張り過ぎて熱でも出したかな?」
「あの頑丈な良樹が?」
「病気じゃなければ何だよ?もうタイに旅立ったとか?」
「縁起でもない事言うなよ!」
ブチが口にする事は当たるだけに、めったな事は言って欲しくなかった。
帰りに良樹の家に行こうか迷っていた。
おばさんに避けられて以来、少しトラウマになっている。
「ああ、朝言い忘れたけど。明日から手島はお父さんの仕事の関係で海外に行きます。一旦、夏休み明けには学校に顔を出すと思うけど、何か貸し借りしていたら本日中に本人と連絡を取るようにしてください」
ブチが後ろを振り向き俺に顔を向けた。
俺は担任の言葉が信じられなかった。
そんなに早く……聞いてない。
終業ベルが鳴ると誰よりも早く俺は教室を出た。
廊下は走らず、でも出来るだけ速足で、あの門を出てバスに乗らないと。
「急げ!晴矢!お前の足なら間に合う!」
漫画のセリフのようなブチの掛け声を背に俺は階段を二段飛びで駆け降りる。
大丈夫、絶対に行かせない。
バスに乗ると良樹にLINEをした。
今どこに居るのか?会って話したいことがある。
既読は付くが返信は無い。
電話も掛けるが出ない。
電車でも同じことを繰り返すがやはり何の反応もない。
もう飛行機に乗ってしまったのか?
俺は駅に着くと良樹の家まで走った。
インターフォンを押すが誰も出ない。
家に灯りもついていない。
もう家族全員で旅立ってしまったのだろうか。
何もかも遅すぎたってことなのか?
俺は力が抜けて、良樹の家の壁を背に座り込んでしまった。
自分の要領の悪さと、情けなさと、悔しさと、寂しさで頭を抱えた。
学生がここで何をしているのかと思ったのか、女の人に声を掛けられた。
「大丈夫?具合でも悪い?」
「い、いえ。大丈夫です。走ってきたのでちょっと疲れて」
「手島さんを訪ねてきたのかしら?息子さんと同じ制服ね」
「はい……」
「ご家族で出掛けられたのを見たけど」
「……そうですか」
俺は力なく答えると頭を下げてその場を離れた。
俺の足でも間に合わなかったよ。
ブチにそう伝えようとスマホをいじりながら駅に向かうと後ろから肩に掛けていた鞄の持ち手を引っ張られた。
俺は思わず後ろによろけると誰かに支えられた。
振り向くと良樹が俺を抱えるように立っていた。
「なんで!」
歩いている人が振り返るほど大きな声を出していた。
「なんでって。お前を待っていたから」
俺は人の目も気にせず良樹に抱き着いた。
「もう会えないと思ったじゃないか!」
俺は半泣きでその後の言葉が続かなかった。
良樹は何も言わずに抱きしめている。
通り過ぎる人たちが俺たちのことを見ていることも全く気にならなかった。
良樹が俺を抱きしめてくれているという事実だけで幸せだった。
🔸🔸🔸
良樹の部屋には大きなスーツケースがあった。
やっぱりタイに行くのか……
「落ち着いた?」
「うん」
良樹は俺の肩を抱くと顔を覗く。
お互いに見つめ合うと良樹の唇が俺の唇に重なる。
この感覚を忘れていたほど、俺たちの間に距離が出来ていたことを実感する。
「ずっとこうしたかった……」
「うん……」
「さっきからうんしか言わないな」
良樹が楽しそうに笑う。
俺は良樹の肩を軽く叩いた。
「今日は晴矢の本当の気持ちが聞ける?」
「……俺は良樹にどこにも行って欲しくない。おじさんたちがそれを許さなくても俺は離れたくない。ずっと一緒に居るって約束したし、俺を守るって言ってくれたよね。だからワガママだと思われても構わないから行かないで」
黙って聞いていた良樹はあの笑顔を俺に向けた。
俺だけの笑顔。
「やっと聞けたー。良かった!俺の我慢も限界が来ていたんだぞ」
「だって……」
「いつも晴矢に言っていたよな。何も隠すな。全部俺に言え。一人で抱え込むなって。でも全然変わらないし」
「素直じゃない?」
「おお、全然素直じゃない!だから俺が居ないとダメだろ?」
「そうだよ、良樹が居ないと俺は何も出来ないよ!だから一人にするな!」
「開き直ったか!可愛いな、晴矢は」
良樹は俺の頭を優しくなでる。
「でも行くんだろ……」
「どうして?」
「だって、スーツケース」
俺は部屋の中にあるスーツケースを指さした。
良樹はそのスーツケースを持ってくると開いた。
「中は空っぽ。今回は行かないことにした。お父さんとお母さんは旅立ったけどな」
「今回はってことはやっぱり9月からは行くのか?」
「……俺は行きたくないって言い張っている。先生にも相談して高校生が入れる学生会館がないか調べてもらっている」
「だ、だったらウチに住みなよ!」
「へ?」
良樹がヘンな声を出した。
「俺の家から学校へ通えばいいよ。父さんは賛成してくれている。おじさん達だってちゃんと良樹の面倒を見てくれる人がいれば安心するよね?だったらウチが最適じゃない?」
「マジか……え、そんなこと可能なの?」
「うん。俺はお前と一緒に暮らしたい。一緒に朝起きて、サワさんが作った朝ご飯食べて、お弁当持って学校に行って、一緒に家に帰る。一緒に勉強してバスケして、父さんのつまらない話やキーちゃんの面白い話を聞きながら生活していく。ダメかな?」
良樹は信じられないという顔をしているが、徐々にほころぶ。
「ダメじゃない……」
「じゃ、決まり!」
「晴矢が考えてくれたのか?俺のために?」
良樹が感動しているところを台無しにはしたくなかったけど、でも嘘もつけない。
「キーちゃんが提案してくれた。俺一人では答えが出せなかったから。だから感謝するならキーちゃんにして。本当に俺たちのこと応援してくれているから」
「そっか……嬉しい」
「うん」
もっと大騒ぎするかと思っていたけど、二人してしんみりとしてしまう。
二人で一緒に居られるという現実をひしひしと噛み締める。
「良樹がこれからしなくてはいけないことは、おじさんとおばさんを説得することだよ。どんなに頑張っても反対されたら最終手段として父さんに登場してもらうから」
「おじさんに?」
「そう。交渉術はプロ中のプロだって、キーちゃんが言っていた。だから大丈夫」
「ありがとう。晴矢」
さっきまで明るかったのに外は既に日が暮れかかっている。
良樹ともっと一緒に居たいけど、帰って父さんたちに良樹に伝えたことを報告して作戦を練らないと。
「そろそろ帰るね」
「……帰るのか」
「うん」
俺は立ち上がり脱いだブレザーを着ようとすると後ろから抱きしめられた。
良樹が俺の肩に顔を埋める。
「帰るなよ……一緒に居たい。居て欲しい」
良樹が俺に甘えている……
「……うん」
後ろから回された良樹の手を握ると良樹が俺の首筋にキスをした。
ほとんど勉強に身が入らなかったが、さすがに成績を落とすわけにはいかず、俺だけいつもより早い電車に乗り学校へ向かっていた。
学校に着くと図書館に直行し、始業ベルが鳴る直前まで勉強し教室に戻った。
良樹と話したかったが、良樹は良樹で俺を避けている。
ブチとはノートの貸し借りで会話をしているようだが、俺との会話はない。
俺は中間テストが終わるまでは、この状況を変えることは難しいと思い勉強に集中した。
大丈夫、まだ時間はある。そう思っていた。
🔸🔸🔸
地獄のテスト週間が終わった翌日、良樹は学校に来なかった。
俺はやっと良樹に自分の気持ちを話せると思っていたのに、チャンスを逃した。
「良樹どうしたんだろうな?テスト頑張り過ぎて熱でも出したかな?」
「あの頑丈な良樹が?」
「病気じゃなければ何だよ?もうタイに旅立ったとか?」
「縁起でもない事言うなよ!」
ブチが口にする事は当たるだけに、めったな事は言って欲しくなかった。
帰りに良樹の家に行こうか迷っていた。
おばさんに避けられて以来、少しトラウマになっている。
「ああ、朝言い忘れたけど。明日から手島はお父さんの仕事の関係で海外に行きます。一旦、夏休み明けには学校に顔を出すと思うけど、何か貸し借りしていたら本日中に本人と連絡を取るようにしてください」
ブチが後ろを振り向き俺に顔を向けた。
俺は担任の言葉が信じられなかった。
そんなに早く……聞いてない。
終業ベルが鳴ると誰よりも早く俺は教室を出た。
廊下は走らず、でも出来るだけ速足で、あの門を出てバスに乗らないと。
「急げ!晴矢!お前の足なら間に合う!」
漫画のセリフのようなブチの掛け声を背に俺は階段を二段飛びで駆け降りる。
大丈夫、絶対に行かせない。
バスに乗ると良樹にLINEをした。
今どこに居るのか?会って話したいことがある。
既読は付くが返信は無い。
電話も掛けるが出ない。
電車でも同じことを繰り返すがやはり何の反応もない。
もう飛行機に乗ってしまったのか?
俺は駅に着くと良樹の家まで走った。
インターフォンを押すが誰も出ない。
家に灯りもついていない。
もう家族全員で旅立ってしまったのだろうか。
何もかも遅すぎたってことなのか?
俺は力が抜けて、良樹の家の壁を背に座り込んでしまった。
自分の要領の悪さと、情けなさと、悔しさと、寂しさで頭を抱えた。
学生がここで何をしているのかと思ったのか、女の人に声を掛けられた。
「大丈夫?具合でも悪い?」
「い、いえ。大丈夫です。走ってきたのでちょっと疲れて」
「手島さんを訪ねてきたのかしら?息子さんと同じ制服ね」
「はい……」
「ご家族で出掛けられたのを見たけど」
「……そうですか」
俺は力なく答えると頭を下げてその場を離れた。
俺の足でも間に合わなかったよ。
ブチにそう伝えようとスマホをいじりながら駅に向かうと後ろから肩に掛けていた鞄の持ち手を引っ張られた。
俺は思わず後ろによろけると誰かに支えられた。
振り向くと良樹が俺を抱えるように立っていた。
「なんで!」
歩いている人が振り返るほど大きな声を出していた。
「なんでって。お前を待っていたから」
俺は人の目も気にせず良樹に抱き着いた。
「もう会えないと思ったじゃないか!」
俺は半泣きでその後の言葉が続かなかった。
良樹は何も言わずに抱きしめている。
通り過ぎる人たちが俺たちのことを見ていることも全く気にならなかった。
良樹が俺を抱きしめてくれているという事実だけで幸せだった。
🔸🔸🔸
良樹の部屋には大きなスーツケースがあった。
やっぱりタイに行くのか……
「落ち着いた?」
「うん」
良樹は俺の肩を抱くと顔を覗く。
お互いに見つめ合うと良樹の唇が俺の唇に重なる。
この感覚を忘れていたほど、俺たちの間に距離が出来ていたことを実感する。
「ずっとこうしたかった……」
「うん……」
「さっきからうんしか言わないな」
良樹が楽しそうに笑う。
俺は良樹の肩を軽く叩いた。
「今日は晴矢の本当の気持ちが聞ける?」
「……俺は良樹にどこにも行って欲しくない。おじさんたちがそれを許さなくても俺は離れたくない。ずっと一緒に居るって約束したし、俺を守るって言ってくれたよね。だからワガママだと思われても構わないから行かないで」
黙って聞いていた良樹はあの笑顔を俺に向けた。
俺だけの笑顔。
「やっと聞けたー。良かった!俺の我慢も限界が来ていたんだぞ」
「だって……」
「いつも晴矢に言っていたよな。何も隠すな。全部俺に言え。一人で抱え込むなって。でも全然変わらないし」
「素直じゃない?」
「おお、全然素直じゃない!だから俺が居ないとダメだろ?」
「そうだよ、良樹が居ないと俺は何も出来ないよ!だから一人にするな!」
「開き直ったか!可愛いな、晴矢は」
良樹は俺の頭を優しくなでる。
「でも行くんだろ……」
「どうして?」
「だって、スーツケース」
俺は部屋の中にあるスーツケースを指さした。
良樹はそのスーツケースを持ってくると開いた。
「中は空っぽ。今回は行かないことにした。お父さんとお母さんは旅立ったけどな」
「今回はってことはやっぱり9月からは行くのか?」
「……俺は行きたくないって言い張っている。先生にも相談して高校生が入れる学生会館がないか調べてもらっている」
「だ、だったらウチに住みなよ!」
「へ?」
良樹がヘンな声を出した。
「俺の家から学校へ通えばいいよ。父さんは賛成してくれている。おじさん達だってちゃんと良樹の面倒を見てくれる人がいれば安心するよね?だったらウチが最適じゃない?」
「マジか……え、そんなこと可能なの?」
「うん。俺はお前と一緒に暮らしたい。一緒に朝起きて、サワさんが作った朝ご飯食べて、お弁当持って学校に行って、一緒に家に帰る。一緒に勉強してバスケして、父さんのつまらない話やキーちゃんの面白い話を聞きながら生活していく。ダメかな?」
良樹は信じられないという顔をしているが、徐々にほころぶ。
「ダメじゃない……」
「じゃ、決まり!」
「晴矢が考えてくれたのか?俺のために?」
良樹が感動しているところを台無しにはしたくなかったけど、でも嘘もつけない。
「キーちゃんが提案してくれた。俺一人では答えが出せなかったから。だから感謝するならキーちゃんにして。本当に俺たちのこと応援してくれているから」
「そっか……嬉しい」
「うん」
もっと大騒ぎするかと思っていたけど、二人してしんみりとしてしまう。
二人で一緒に居られるという現実をひしひしと噛み締める。
「良樹がこれからしなくてはいけないことは、おじさんとおばさんを説得することだよ。どんなに頑張っても反対されたら最終手段として父さんに登場してもらうから」
「おじさんに?」
「そう。交渉術はプロ中のプロだって、キーちゃんが言っていた。だから大丈夫」
「ありがとう。晴矢」
さっきまで明るかったのに外は既に日が暮れかかっている。
良樹ともっと一緒に居たいけど、帰って父さんたちに良樹に伝えたことを報告して作戦を練らないと。
「そろそろ帰るね」
「……帰るのか」
「うん」
俺は立ち上がり脱いだブレザーを着ようとすると後ろから抱きしめられた。
良樹が俺の肩に顔を埋める。
「帰るなよ……一緒に居たい。居て欲しい」
良樹が俺に甘えている……
「……うん」
後ろから回された良樹の手を握ると良樹が俺の首筋にキスをした。

