翌朝、父さんが起きる前に二人で家を出た。
 良樹のバッシューが玄関にある時点で父さんは気づいていたとは思うけど、今は顔を合わせたくはない。

 夕べはなんとなく照れくさくて、でも嬉しくて、隣に寝ている良樹の顔を何度も見てしまっていた。だから結局、今朝も寝不足のままだ。
 良樹は朝から元気で、俺に抱き着いたり、じゃれたりと尻尾を思いっきり振っているゴールデン・レトリバーそのものだった。

「今日ブチは来るかな……」
 
駅に向かう途中で良樹に尋ねる。

「来て欲しいよなー俺たちの願望ではあるけど」

 結局、ブチの事は何ひとつ解決していない。
 このままブチが学校を辞めるようなことがあったらどうしよう。
 俺は最悪なケースまで考えてしまっていた。
 
「おはよう。どうして良樹は晴矢の駅から乗るんだ?」

 いつもの車両に乗るとブチが居た。
 俺は思わずブチに抱き着こうとして、ブチに避けられた。

「そういうのはいいから……」
 冷静にブチに拒否されると、良樹にブレザーの裾を引っ張られ後退させられた。

「大丈夫なのか?」
「うん。心配させて悪かったな」
「やけに大人っぽいじゃないか、いつものブチじゃない!」

 俺はブチブチどうでもいい事を話しているところが好きなのに、今日のブチはなんだかクールだ。

「俺が大人になっちゃダメなのかよ」
「そういうことじゃなくて」
「晴矢、後でそのあたりの事は聞こうよ。電車の中だし」

 良樹にも冷静に言われた。
 俺はブチに会えて嬉しいのに、二人とも冷静過ぎる。

 バスに乗っても二人とも口を開かない。
 俺も話しづらくなって静かにしている。
 色々聞きたいことがあるのに。

「じゃ、昼飯の時に!」

 良樹は自分の教室に入っていくが、俺はそのままブチの後を付いていき教室に入るとブチの前の席に後ろ向きで座った。
 ブチと向かい合うと、俺は口を開いた。

「で、どうなった?俺に出来ることはない?」
「晴矢、ここお前の教室じゃないぞ」
「わかっている!で、どうなんだよ」
「……うん」

 ブチはもったいぶっているのか答えない。

「ブチ!俺たち幼馴染だろ?俺に隠し事とかしたことないじゃないか!もう信じてもらええないのか?俺って信用ならない?」
「そうじゃないよ!晴矢は俺が一番信頼している奴だよ。良樹も」
「だったら……」

 いきなりブチが大声で笑いだした。
 教室にはまだそれほど生徒は来ていなかったけど、そこにいた連中全員がブチの方を見た。

「ブチ……どうしたんだよ」
「いや、ゴメン。あまりにも晴矢が情けない顔していたから」
「え、俺の顔?」
「お前って心の声が顔に出るよなー。小学校の時からずっと変わらない」
「それって成長していないって言いたいのかよ」
「違うよ。そういうところが信頼できるなって思っているってこと」
「じゃあ、人の顔見て笑うなよ……」
「……りっちゃんとは仲直りしました」

 急転直下、りっちゃんとブチは別れていなかった!
 俺は思わず椅子から立ち上がった。

「マジ!ホントに!!」
「ホント、無事問題は解決しました」

 俺はホッとして椅子に崩れ落ちた。

「だ、大丈夫か?晴矢。ごめんな、心配かけて」
「良かったよー。ホントに俺、ブチがりっちゃんと別れてそのショックで学校も辞めたらどうしようかと思っていた。最悪なことずっと考えていた」
「だと思った……絶対お前、余計な事まで考えると思っていた。だから早く言わなきゃって思っていたけど……」
「だけど何?」

 続きを聞きたかったけど、俺が座っていた席の本当の持ち主が来たため泣く泣く席を立つと同時に始業のベルが鳴り自分の教室に戻った。
 俺が自分の席に戻ると良樹が俺をじっと見つめている。
 何か言いたそうだったが、ちょうど先生が入ってきた。

 昼休み、弁当が無い俺と良樹は購買部にパンを買いに行く。
 俺は授業の前に良樹にLINEでブチとりっちゃんは別れなかったことを伝えていた。

「良かったな。一安心」
「お前がブチの後付いていくの、俺も行こうかと思ったけど遠慮した」
「どうして?」
「お前とブチの間には俺が入れないようなものがあるからさ」
「そんなもの無いよ。俺たち三人の友情は同じ」
「そっか……そうだよな。マトリョーシカ兄弟の絆は永遠だよな」
「そうそう」

 俺はブチが失恋しなかったことが嬉しくて、りっちゃんに改めてお礼を言いたいぐらいだった。
 でも、さっき始業ベルが鳴る前に一瞬、言いにくそうな感じがあったけど、あれは何だろう?

 ブチの教室に行くといつもの窓際の席でブチが待っていた。

「良樹は晴矢の家に泊まったのか?」

 あまりにストレートな言葉に俺も良樹も固まる。

「ああ、まあな」
「ふーん。いいね、順調だなーお前たち」
「とか言っているお前もだろ」
「ブチ本当に良かったよ。あの時、お前の家で喧嘩して悪かったな」

 良樹が頭を下げる。
 俺も一緒に下げる。

「気にしない、気にしない。いつも優しい良樹があんなに怒るのはなかなか貴重だよなー。いい物見せてもらったって感じ」
「俺も新鮮だった……」
「お前が怒られていたのに?」

 ブチが俺を見て笑う。
 
「さっき、何か言おうとしていただろ?何?」

 俺はさっき言いにくそうにしていたブチが気になっていた。

「ああ。それな」
「なんだよ?」

 良樹も気になるようだ。
 ブチはやっぱり言いにくそうに見える。

「俺たちの事か?」
「……ブチが晴矢と俺の事をりっちゃんに説明したけど、理解を得られなかったって感じか?」

 俺は思わず隣に居る良樹の顔を見る。
 ブチも箸を持ったまま向かいに居る良樹の顔を見ている。

「え、そうなの?そういうこと?でも、りっちゃんとは別れていないんだよね?」
「流石……やっぱり良樹って鋭いな」
「お前が俺たちに言いにくいとしたらそれだろうなって思ったら当たっていた」

 良樹は笑っているが、俺は内心穏やかではいられなかった。

「それって……え、りっちゃんは俺たちの事が嫌だってこと?」
「嫌ってことじゃないよ。ただ、そういう人たちと初めて接したから戸惑っているっていうか……」
「うん。わかるよ」
「え、良樹はわかるの?」
「わかるよ。お前だって、もし俺と付き合っていなかったらおじさんとあのイケメンとの関係を理解できたか?」
「あ……」

 確かに、良樹のことを好きになっていなかったらキーちゃんの父さんへの思いは一生理解できなかったと思う。
 どうして男同士で……

 目の前にある事実をそのまま受け取ることが出来ない、理解したくないという気持ちは人それぞれだ。
 そう思うと、ブチは何の躊躇もなく俺と良樹の関係を受け止めてくれた。友達だからこそ、拒否感が強くてもおかしくないのに。
 だから、りっちゃんが戸惑うのも、そのまま受け入れられないのも自然なことなのかもしれない。
 それでもブチの事は好きでいてくれている。
 良樹の言葉で俺は少し、りっちゃんの気持ちに寄り添いたいと思った。

「そっか……りっちゃんの気持ちもわかった。それでもブチとは別れないでいてくれて俺は嬉しい。それにブチが俺たちのことをそのまま受け入れてくれているのは本当にすごいことなんだって思った」
「晴矢……。お前たちは心の友だ!俺はお前たちとは何があっても一生付き合っていく気でいるから見捨てないでくれよな!」
「いや、俺は見捨てると思う……」
「良樹!」
「嘘だよ、嘘!そんな情けない顔するな。朝のクールなブチはどこ行ったんだよ?」
「だって、お前がそんな事言うからさー」

 良樹にイジられていつものブチブチ言うブチが戻ってきた。
 やっぱりこいつはこういうキャラ設定じゃないと、良さが出ない。
 いつか、また四人でWデートが出来る日が来るといいな…
 そんなことをぼんやりと思っていた。