イケメンと父さんと三人で暮らす話は消滅した。
 ただ、イケメンが家に来ることが多くなった。
 父さんは相変わらず何故そうなったのかの説明はしないが、イケメンが居ること自体は気にならなかった。
 母さんが居る時もみんな好き勝手に過ごしていたわけだし、異常な状況には慣れている。

 良樹にも散々心配されたが、問題なく暮らしていると話した。
 この件があって以来、より良樹が俺を守る姿勢が強くなったように感じる。
 一分一秒も俺から目を離さない、そんな空気を感じて俺は嬉しいような恥ずかしいような、ちょっと息苦しいようなそんな感覚に陥っていた。

「ダメ、これは晴矢にあげたものだからブチは食べちゃダメだ」
「ちぇっ!なんでだよ。最近良樹は晴矢に過保護過ぎるぞ!」

 良樹からおじさんが阪神の試合を見に大阪に行った際に買って来てくれたお土産のお菓子をもらった。
 たこ焼き味のクッキーで、個包装になっていたからブチに分けようと思っていた。

「いいよ。喰えよ、ブチ」

 ブチはブチブチ言いながらもクッキーに手を伸ばす。
 それを見ている良樹は不満顔だ。

「良樹はブチに俺があげるのが気に入らない?」
「俺はお前に食べて欲しくてお父さんに頼んだんだよ。前に俺が食べてすごく美味しかったから、絶対気に入ると思って」
「でもこんなにあるし。ブチが食いしん坊なのはお前も知っているじゃん」
「ウメー。今度、大阪行ったら絶対買ってくる」

 既にクッキーはブチの腹の中に消えた。
 まだ良樹は拗ねている。
 なんだか可愛い。こんなにデカいのに俺のやる事に拗ねるってどういうことなんだ?
 俺はこっそり良樹の腿に手を置き、慰めるような仕草をする。
 良樹は俺の顔をじっと見ると、仕方ないという表情をして腿に置いてある手の上に自分の手を重ねた。
 これで機嫌は直った。
 俺はこのやりとりがなんだか楽しい。

「で、今週の土曜日は大丈夫か?」

 ブチが提案したWデートの日だった。
 どこに行くか三人で散々話し合った結果、遊園地になった。
 梅雨の時期だが最近は晴れている。
 四人で一緒に居るのが気まずくなってもアトラクションに乗れば二対二で分かれることは出来るし、何よりも遊園地は楽しい。

「俺たちの事なんて説明しているんだ?」
「ん?マトリョーシカ兄弟」
「は?お前バカか」
「バカって言うな!だって、それ以外なんて説明するんだよ。親友は親友だろ」

 ブチの中ではマトリョーシカ兄弟は親友なのか。

「じゃあ、俺たちがその……」
「言えるわけないだろ。って言って欲しいのか?」

 さすがによく知らない人に二人の関係を言いたくはなかった。

「それは流石に……」
「だろ。大丈夫。怪しまれないよ」
「俺は別に気にしないけどな」

 良樹の発言に俺とブチは顔を合わせる。

「え?どういうこと?」
「だから俺たちが恋人同士って知られても俺は全然構わないけど」

 良樹の正直でまっすぐな所は大好きだけど、これは流石にない。

「晴矢は嫌か?俺たちの関係を知られるのは」
「……嫌だ」
「そっか……嫌なのか」

 良樹の声のトーンが明らかに下がった。

「なかなかこれはリスクを伴うからなあ、慎重になるよな」
「ウルさい!お前には聞いてない!」

 ブチにキレている良樹を初めて見た。
 ブチもさすがに驚いている。

「ブチに当たるなよ!」

 思わず俺も口が出た。
 ブチは何も悪くはない。

「いいよ、もう」

 そう言うと良樹は乱暴に椅子を引き、教室を出て行った。

「ど、どうしたんだ?良樹。俺のせいかな」
「ブチは悪くないよ。なんか気が立っているんだろ」

 俺にも良樹の態度がよくわからなかった。
 
 🔸🔸🔸

 教室を出たまま、その後の授業にも良樹は戻ってこなかった。
 こんな事は初めてだ。
 さっきの事で怒っているのだろうか?

 俺は体育館の裏にある、今は使われていないロッカールームに向かった。
 正面扉はカギが掛かっているため入れないが、少し高いところについている窓は施錠していないため背の高い人間であれば勢いをつけて入ることが出来る。
 良樹はきっとここでサボっているはず。
 以前、何度かここに入ったことがあった。
 俺は良樹の鞄を持って中に入った。

「良樹!やっぱりここにいた」

 部屋の中はホコリまみれで蜘蛛の巣があっちこっちに張られているが、座るスペースはある。
 良樹はそこでスマホをいじっていた。
 俺の顔を見ても視線を逸らす。

「どうして機嫌が悪いんだ?」

 俺は良樹の横に座った。

「別に……」
「俺がお土産をブチにあげたからか?」
「そんなんじゃないよ……」

 やっぱり拗ねている。

「良樹……」

 俺は良樹の顔に手を当て俺の方に向かせると、指で良樹の口角を上げて笑っているような顔を作った。

「はは。ヘンな顔になっちゃった。笑ってくれないのかよ、いつもの笑顔で」

 良樹は無表情で俺を見つめると静かに話し出した。

「俺はお父さんやお母さんにも晴矢との事は話せるよ。話す覚悟はあるよ」
「え……」
「でもそれでお前が傷ついて嫌な思いをするなら俺は何も言わない。お前の事が誰よりも一番大事だから」

 俺が隠しておきたいという気持ちが良樹を不安にさせているのだろうか……

「あの日、親でも晴矢を傷つけることは絶対許さないからって言ってくれたよね。あの言葉に俺がどれだけ救われたか知っている?良樹が俺に対して掛けてくれる言葉で俺はすごく強くなっている気がする。だから良樹の言葉の力を俺は信じている。でも、まだ二人の事は言いたくない」
「うん……わかった」
「言わないからって二人の関係を不安に思うなよ、俺は良樹の事が大好きだから」

 俺の言葉にやっと良樹の表情が崩れた。
 あのいつもの笑顔を向けながら俺のほほを優しくなでた。
 ここは誰も来ないはず……でも学校の中だということを忘れそうになった。

 🔸🔸🔸

 快晴の土曜日。遊園地でブチの彼女に初めて会った。
 小さくて細くて、でも笑顔が可愛くてハキハキと喋る子だった。
 俺と良樹に手作りのクッキーを焼いてきてくれた。
 女の子から手作りのお菓子をもらうなんて初めてだ。
 俺も良樹も感動してすぐに食べてしまい、りっちゃんに笑われた。

「せっかく、りっちゃんが心を込めて作ってきてくれたのに一瞬にして喰うとかあり得ないわ……だから男子校育ちって嫌だよな」

 ブチのまるで他人事な言い方に俺も良樹もムキになって反論する。

「そういうお前だって同じだろ。どうせ初めてりっちゃんにもらった時、俺たちみたいにすぐに喰っちゃっただろ」
「そ、そんなことないよ!」
「どうしてわかるの?そうだよ学くんもあっという間に食べちゃったの」

 図星だ……女性に慣れていない自分たちを恥じるべきなのか……

「りっちゃん、余計な事言わないでいいから」

 既にりっちゃんの方がブチよりも強そうだ。

「それにしても二人とも背が高いね。見上げちゃう」

 小柄なりっちゃんが良樹の隣で一生懸命背を伸ばしている姿が可愛い。

「お前、どっちを見ているの?」

 二人を見てニヤついていたのだろうか、ブチにツッコミを入れられた。
 
 ペアで次から次へとアトラクションに乗った。
 良樹とは初めて遊園地に来たが、デカいくせに意外と小心者ということに気が付いた。
 高低差が怖いと有名なジェットコースターに並んでいる時は極端に口数が減った。
 三人でワイワイと話していても一人、無言で何かに耐えている。

「良樹、もしかして怖いのか?」

 こういうツッコミに関してブチは得意だ。

「べ……別に」
「やー怖がっている!怖い物なしだと思っていた良樹がまさかジェットコースターが苦手だとわな」

 やっと勝てるものを見つけたのかブチが大はしゃぎしている。
 それを俺とりっちゃんは面白く見ていた。
 怖がっている良樹も可愛い。

「ひゃっー!」

 ジェットコースターが動き出した途端、良樹の口から今まで聞いたことのない叫び声が出た。
 俺はその声に驚く。
 上がったり下がったり、そのたびに良樹は隣にいる俺の腕に頭をぶつけるため俺は怖さよりも痛さの方が勝った。
 良樹の叫び声は止まることはなく、それを間近で聞かされた俺の右耳はいかれた。

「良樹凄かったな。あんなに怖がっている奴初めて見たかも」

 降りた後でもまだ良樹は怖がっていて、俺の腕を掴んでいる。

「まだ掴んでいるの?」

 りっちゃんに指摘され、咄嗟に離す。

「そんなに怖かった?私もう一回乗りたいかも」
「え、俺も俺も。もう一回並んじゃう?」
「うん」

 そう言うと俺たちを残してブチとりっちゃんは再度ジェットコースターの列に戻っていった。

「元気だな~」

 俺は呆れながら言うと、隣でまだ息を整えている良樹を見る。

「大丈夫か?不死身の良樹でも克服できないものがあったか」

 良樹は俺を見るとニヤりと笑う。

「嘘だよ。これは演技」
「え?どういうことだよ」
「ちょっとは二人で居たいだろ?」

 そう言うと俺の手をとり別のアトラクションに向かって歩き出した。

 ゴーカートで戦い、室内をクルーズし、バイキングに揺られ、俺たちはベンチで一休みしていた。
 ブチたちとはLINEで連絡をし合っているがまだ合流は出来ていない。

「楽しいな~遊園地って小学校以来かも」
「俺もブチのお母さんたちに連れて行ってもらった以来だから同じかな」
「ある程度大人になって行くとまた違うな」
「乗れるアトラクションが増えるからな」
 
 俺たちはかなり満喫していた。
上を見上げると観覧車が目に入った。

「あれ、乗ろうよ」

 俺は観覧車を指さす。

「いいね、行こう」

 観覧車に乗り込むとゆっくりと動き出した。
 二人だけの空間。
 俺たちはどちらからともなく手を出すと繋いだ。
 段々と高くなっていく。
 見える景色も変わっていくが、良樹は外も見ずに俺を見つめている。

「ここでも外を見ないで俺の顔を見ているの?」
「うん。絶好の眺め。外光の入り方もいいし、すごくキレイだよ」

 そう言うとスマホで俺を撮りだした。
 俺も負けずに良樹を撮る。
 片側に二人で座り、一緒に写る。
 そのうちの何枚かは良樹が俺のほほにキスをしている。

「いくら観覧車でも誰が見ているかわからないよ」
「じゃあ、これは」

 良樹が俺の唇にキスをするとシャッターを押した。
 本当にこういうところは大胆だ。

 観覧車から降りるとブチからLINEが入っていた。

『急用が出来たから先に帰る』

 簡潔な文章だけが送られてきた。

「どうしたんだろ?りっちゃんと喧嘩したとか?」
「邪魔されたくないとか?」

 俺と良樹は勝手な事を言って盛り上がる。

「腹空いたな。俺たちも帰る?」
「そうだな。何食べようか」

 結局四人で居るよりも二人で居る時間の方が長かった。
 良樹と久々のデートに俺は大満足だった。