そんなに見つめなくても、いつもそばにいるよ

 GW明け、ブチは申し訳なさそうに俺と良樹に謝った。

「なんか余計なことしちゃったみたいでごめん」

 俺も良樹もワザと怒った風を装っていたが、本当のところはブチに感謝していた。
 あの事があったから、良樹との仲はより強くなった。

「ったく、余計なことしやがって!っていうのは嘘だよ。俺たちはブチに感謝している」
「マジで?怒ってない?」
「怒っているわけないじゃん。ブチという存在無くしてマトリョーシカ兄弟は成り立たないわけだよ」

 俺は少しオーバーに言ってみる。
 ブチは満更でもない表情で頷く。

「だよな。やっぱり俺って必要だよな」
「そうそう、ブチ様だよ、ブチ様。これからもお前を頼りに生きていくから」

 俺は若干面倒くさくなりつつあるが、良樹は根気よく付き合っている。

「じゃ、お礼になんか奢れ」

 ホラ、すぐ調子に乗るから。

「げ、ウザー」
「ウザとか言うな!スタバの新しく出たやつでいいよ」
「あ、俺もそれ飲みたかったんだ。今日の帰り行こうぜ、晴矢」
「え、お前たちの部活待っていないといけないのか?」
「部活今日は無いから。心配するな」

 俺はブチのGWデートがどうなったのか気になった。

「で、ブチのデートはうまくいったのかよ?」
「あー、その話か……」

 やけにもったいぶっているブチに若干イラつく。

「俺たち付き合うことになりました!拍手!」

 ブチのその発言に俺と良樹は思わず顔を見合わせた。
 マジか?

「やったな!ブチ!おめでとう!」

 良樹はブチの肩をバンバン叩いている。
 叩かれているブチは痛がっているものの心底嬉しそうだ。
 俺も唯一の幼馴染に彼女が出来たということが嬉しかった。

「良かったなーブチ」
「なんか、晴矢にそんなにあらためて言われると恥ずかしいけど。カラオケ屋デートでもOKもらえたよ。やっぱり金じゃないね、心だね」

 やっぱりちょっとウザいかも……

「だから言っただろ。好きな相手とだったらどこに居ようが幸せだって」
「今度、紹介しろよ。俺たちマトリョーシカ兄弟に」
「え……うーん」

 ブチが躊躇している。

「なんで?俺たちに隠すつもりかよ」
「いや、だってお前たちに会わせたら完全に俺引き立て役じゃん。りっちゃんがお前らの方が良いとか言われたらショックだし」

 俺も良樹も噴き出した。

「りっちゃんって言うんだー。可愛いな」
「ブチ、最初からお前を選んだ時点で俺たちに興味なんて沸かないって。どう見たって同じ世界線に立ってないだろ?」

 良樹の言葉は慰めているようで、捉え方によってはちょっとディスってるみたいで可笑しい。

「だよな。そうだよな。良かった。今度Wデートしようぜ」

 なんでもポジティブに捉えるブチが俺は本当に大好きだ。

 🔸🔸🔸

 学校の最寄り駅にはスタバが無いため、俺が住んでいる駅に三人で降りた。
 良樹がブチと俺の分も奢ると気前がいいことを言ってオーダーしている。
 俺とブチは空いている席を探してウロウロしていると声を掛けられた。

「この席空くから座れば」

 俺と同じぐらいの背丈の俳優かモデルかと思うぐらいのイケメンな人だった。

「あ、はい。ありがとうございます」

 俺はお礼を言って鞄を置くとその人は俺の顔を覗き込む。

「え、何か?」
「ううん。キレイな顔しているなって思って。じゃあね」

 馴れ馴れしく声を掛けると手を振りながら良い匂いを残して店を出て行った。
 俺もブチもポカンとしてしまった。

「なんだあれ?晴矢の知り合い?」
「知らないよ、あんな人。え、男だよね?」
「……たぶん」

 俺もブチも外の道を歩くイケメンの後ろ姿を目で追っていると、フラペチーノを持って良樹が戻ってきた。

「どうした?何見ているの?」
「なんか、イケメン」
「え?誰が?」
「何でもないよ。良樹ありがとう、飲もうぜ」

 俺は不愉快な気持ちを持ちつつ、新作のフラペチーノを堪能した。

 ブチは塾があると途中で帰っていった。
 俺と良樹はそのまま俺の家に向かう。
 あの日以来、残りの連休は毎日良樹が家に来た。
 良樹の家でも、通学路や駅でも人の目を気にせずにはいられなかったが、ここでは誰の事も気にせずに一緒に居られる。

「今夜、お父さんとお母さんいないんだ」
「え、そうなの?じゃあ夕飯は?」
「なんか買ってきなさいって」
「じゃあ、一緒に喰おうよ。一人じゃ食べきれないほどあるんだ」
「いいのか?」
「うん。もっと早く言ってくれればいいのに。おじさんたちどこか行っているの?」
「お父さんの親戚のお葬式」
「何日ぐらい?」
「三日かな?」

 おじさんたちが帰って来るまで一緒に夕飯を食べられる?

「おじさんたちが帰って来るまで毎晩一緒に喰おうよ。サワさんにも言っておく。お前が好きなもの作ってもらうよ」

 俺はそうしたかった。
 だから良樹も断らないで欲しかった。

「お母さんに怒られるかな。晴矢の家に迷惑かけるなって」
「そんなことないよ!だって、俺の方がおばさんにご馳走になっているし。良樹は嫌か?」
「嫌じゃない。嬉しい」
「じゃ、決まり!」

 良樹の嬉しそうな笑顔が見られて俺は大満足だった。

 門を開け、いつものようにドアにカギを入れると開いていた。
 え?サワさんがカギを掛け忘れて帰ったのかな?
 俺は思わず後ろの良樹に振り返った。

「どうした?何か問題か?」

 よほど俺が不安な顔をしていたのだろうか、良樹も顔をしかめる。

「カギが開いていた」
「え?泥棒?」
「わかんない」
「開けない方がいいんじゃないか?警察呼ぶ?」

 不安になりつつも俺はドアを開けた。
 するとどこかで嗅いだような匂いがした。
 香水……母さんがつけていた匂いとも違う。

「大丈夫か、晴矢」

 後ろにいる良樹が声を掛ける。
 俺は玄関に見知らぬ靴が脱いであるのを見つけた。
 その靴にビビり、後ろに居る良樹に抱き着いた。

「ひっ!」
「な、なに?」

 二人してビクついていると廊下の奥から声がした。

「晴矢、帰って来たのか?」

 と、父さん?
 なんでまだ六時だよ……
 父さんが廊下を歩いてくる、その後ろに頭一つ大きい人影も見える。

「お帰り、晴矢」
「と、父さん?」
「お帰りなさい、晴矢くん」

 え?さっきスタバで会ったイケメン?
 俺は目の前にいるにこやかに笑っている父さんとイケメンとの組み合わせが全くもって理解できなかった。
 誰だよ、お前?

「あ、もしかして晴矢の同級生かな?えーと、手島くん。手島良樹くんかな?」
「あ……はい。初めまして」

 父さんにはブチ以外にも仲良くしている友達がいるとは伝えてあったが、まさかこんな形で紹介することになるとは思ってもいなかった。
 っていうか、そのイケメン誰?

「まあ、上がって。上がって。いつもお宅にお邪魔しているみたいで申し訳ないね。晴矢と仲良くしてくれてありがとう」

 父さんが父親らしいことを口にしているのを初めて聞いた。

「それにしても大きいなあ。晴矢も大きくなったけど君はそれ以上だね」

 馴れ馴れしく良樹の背中を叩く父さんが嫌だった。
 初めて会ったくせに、父親らしいこと何ひとつしてないくせに、良樹にイイ顔するな!
 俺が父さんを睨んでいると、隣にイケメンが並んだ。

「お父さんの事嫌い?」

 顔を近づけると俺に向かって囁いた。
 良い匂いがする。

「な、なんなんですか?っていうか誰ですか?」

 俺は咄嗟に離れ、警戒する。
 まだ紹介もされていない。

「ふふ。お父さんから紹介してもらうわね」

 そう言うと父さんと良樹の後を追った。
 俺一人、玄関に残された。

 リビングに入ると良樹が不安そうな顔をしてソファに座っていた。
 正面に、父さんと謎のイケメンが並んで座っている。
 俺は良樹の隣に座り、大丈夫と目で訴えた。

「どういうこと?この人は誰?」

 俺は躊躇なく父さんに言葉を投げた。
 隣に座っている良樹は落ち着かないのか、軽く貧乏ゆすりをしている。
 そりゃそうだ。いきなり俺の家庭の問題に直面してしまったわけで。

「手島くんは相当バスケ上手いんだろ?あの学校で選抜に選ばれた子は初めてじゃないかな。すごいね」

 父さんは俺の質問には答えずに良樹に話を振る。
 そのやり方は俺がどうして母さんが出て行ったかを問い詰めた時と同じだった。
 面倒なことは避けて通り、答えを濁す。

「父さん!俺が聞いているの!その人は誰?なんで家に居るの?」

 あまりにも俺が大声を出したため、隣の良樹が俺を落ち着かせようと手を握る。

「晴矢、落ち着いて」
「だって……」

 俺は興奮のあまり涙が出そうだった。
 あまりにも父さんは勝手だ。
 少しは理解しようと近づこうとしたけど、結局逃げているのは父さんのほうだ。

「……ごめんな、晴矢。この人はお父さんのパートナーだ。結婚は出来ないが、これからは三人一緒に暮らすことにしたから」
「へ?」

 俺は父さんの言葉が理解できずにヘンな声が出た。
 思わず隣に居る良樹の顔を見る。
 良樹も口を開けたまま放心状態だ。

「初めまして。晴矢くん。紀伊直人です。キーちゃんって呼んでくれて構わないから。仲良くしましょう」

 キーちゃん?仲良くしましょう?パートナーって何?結婚?一緒に暮らすって?

「な……何言っているの?え、ドッキリ?俺のこと騙しているの?」
「いきなりで晴矢にはショックだと思うけど。徐々に慣れていくと思うから」
「わけわからないよ!どうして俺に何も相談しないんだよ!」
「まあ、タイミングもあるしなあ」

 父さんはヘラヘラしながら話している。
 その自分勝手なやり方に悲しくなる。
 どうして常に自分のことしか考えていないのだろう。
 どうして少しでも俺のことを考えてくれないのだろう。
 俺は怒りよりも絶望感の方が強かった。
 何も期待していなかったけど、こんな形で蔑ろにされるとは思ってもいなかった。

 良樹はいきなり俺の手を握るとリビングから出て二階に向かう。
 俺は良樹に手を引っ張られるまま二階に上がり自分の部屋に入るとそのまま良樹に抱きしめられた。
 その温もりで抑えていた感情が一気に溢れ、母さんが出て行った日と同じように声をあげて泣いていた。

「晴矢が可哀想だ……」

 耳元で良樹がそう言いながら泣いている。
 俺のために泣いてくれるのは良樹だけだった。

 ベッドの中で制服のまま横になり、良樹は俺を抱きしめている。
 泣き疲れて言葉も出てこない。
 さっき見た、聞いた光景は何だったのだろうか。

「俺の家に来る?」

 良樹が口を開いた。

「ここに晴矢を一人で残しておきたくない」

 良樹の優しさにまた涙が出そうになる。

「大丈夫だよ」

 俺は起き上がり力なく答える。
 良樹の家に行っても、結局俺が戻る家はここしかない。
 良樹が俺の背中を優しくなでる。

「例えおじさんでも晴矢を傷つけることは絶対許さないから」

 俺の目を見て良樹は力強く言葉にする。
 俺はずっと良樹のこの言葉に救われている。
 
 良樹と二階から一階に下りるとイケメンが立っていた。
 俺は無視して良樹と玄関に向かう。

「ちゃんと説明させて欲しい」

 俺はイケメンと対峙した。
 良樹が俺の腕を引っ張るが、逃げていてもいつかは話さなくてはいけないのであれば、今ハッキリさせたいという気持ちが強くなった。

「晴矢」
「大丈夫だよ。良樹」

 良樹は俺の表情を見ると心配そうな顔をしつつ帰って行った。

 リビングに父さんの姿はなく、また逃げたのだと思った。
 イケメンが全てを説明するのだろうか?

「彼、格好いいよね。いかにもバスケットボールの選手って感じで。相当モテそうだけど、心の中は晴矢くん一筋なのよね、きっと」

 いきなり核心をつかれて俺は返す言葉を失くす。

「隠さなくていいよ。誰にも言わないから。すごく晴矢くんのこと大切に思っているね」
「俺たちのことは関係ないです。父さんとあなたのことを教えてください」
「そうだった。僕は見た通り、ゲイです。元々は芸能界に居たけど色々あってね。今は麻布でバーを経営している。宗さん、あ、お父さんはそこの常連さんだったの」
「そ、宗さん?」

 父さんの名前は先野宗だ!

「二十年前ぐらいにお父さんとは仕事でご一緒して、その時はクライアントとモデルの関係だったけど、バリバリ仕事している宗さんはすごく素敵だった。でも、新婚さんだったし、何があったわけじゃないけどね。僕がただ片思いしていただけ」

 俺が生まれる前の話。

「五年前ぐらいに突然ウチのバーに来て、何十年ぶりに再会しちゃって。そこからは、僕の思いが再燃して、今に至る感じ」
「じゃあ、母さんが出て行ったのはあなたのせいなんですか?」

 時期的には合っている。父さんがこの人と浮気して……

「違う。それは違う。お父さんが悩まれていたのは確かだけど、僕はノータッチ」
「でも、母さんがいなくなってあなたがここに入ってくるのはおかしいじゃないですか!」
「まあ…そうよね。でもね、僕たちはプラトニックな関係で、どっちかっていうと親友に近いかな。少なくともお父さんは僕に対しての恋愛感情は0。僕の方が一方的にお熱なの。だから、正直一緒に暮らそうって言われても何それ?って感じだった」

 全て父さんの独りよがりってこと?

「お父さん、あなたとの関係にすごく悩んでいて。その相談に乗っていたことも関係しているのかな。ずっとほったらかしにしておいて、いざ父親面したところで信頼も何もないだろうって」

 当たり前だ……

「あなたの事を傷つけたくないけど、どう対処していいか全然わかっていなくて。さっきだってあんな言い方したら傷つかない人なんていないでしょ?」

 でもそれに乗っかっているあなたも同罪だ……

「本当にごめんなさい。もっと時間を掛けてあなたに納得してもらうべきだって話していたけど、こんなことになって。だから、この話はなかったことにしましょうって話したから。もう心配しないで大丈夫」
「え、急にそんな」
「お父さん、仕事は出来るし社交的だし友人も多いけど、家族とか夫婦とか仕事以外の大事なことに向き合うのは下手くそな人なの。不器用だし、いざとなると人にも頼れないし。だからこれからもあなたを思うばかりに滅茶苦茶な事するかもしれないけど、許してあげて」

 父さんってそんな人なのか。
 俺は初めて父さんの事を第三者の視点から聞いた。
 俺の事を考えていないわけではなく、考え過ぎてヘンな方向に行ってしまうということなのだろうか。
 でもそれによって俺は傷ついている、それも事実だ。

「親は子供を育てる義務があると思います。でも、ウチの親は両方ともそれを放棄している。ずっとそんなだから俺は慣れているし、それによって悪事に手を染めたりもしないけど、寂しいし辛いなって思うこともいっぱいありました。許せるか許せないかで言ったら許せない。でも親以上に俺に愛情を注いでくれる人もいるから、俺は大丈夫です」

 何故かこの大して知りもしない大人に所信表明をしたくなった。
 イケメンはただでさえ大きな目を更に大きく開くと、上品に微笑み丁寧に俺に向かってお辞儀をした。