「にゃぁーー……」
猫ちゃんがくああ……とあくびをしている。

「わあーー! 可愛い! あくびしたよ!?」
「な! 可愛いなぁー……」
わたしとお兄ちゃんは、猫ちゃんの行動ひとつ一つから目が離せない。歩く姿……ぴょん!とテーブルの上に飛び乗る仕草……あくび一つとっても、全てが新鮮そのもの。

「名前、何て言うの?」
「ん? ボス」
「ボス?」
「そう。男の子で……ほら、ちょっとイカツイ感じするだろ?」
猫を飼ったことがないから分からないけど……なるほど、これはイカツイ方なんだなと思った。

「な、抱っこしてみて良い?」
お兄ちゃんが正人くんにお願いすると「良いよ」と言って、ボスを抱え上げる。

「ほら」
「えっと……どうすれば良いの?」
「両手出して」
「……こんな感じか?」
恐る恐るお兄ちゃんは両腕を正人くんとボスの前に伸ばした。

「じゃ、乗せるぞ」
「お、おう……」
正人くんはボスを、お兄ちゃんの両腕に静かに乗せる。

「にゃーーあ」
お兄ちゃんの腕に乗った瞬間、ボスが身をよじらせて地面に下りた。

「あー……」
「お前の事、嫌いなんじゃないのか?」
「えー……」
弱々しく落ち込むお兄ちゃんに、正人くんのお母さんが優しく声をかけてきた。

「あははっ……腕から腕に渡すのは、難しいよ」
「……そうなんですか?」
「うん。よっぽど抱っこし慣れて無いと……無理かもね」
「良かったぁー……」
ほっと胸を撫で降ろしている。

「ほら、ああやって地面にいる時に、持ち上げるとやりやすいよ?」
お母さんがテレビの前を歩くボスを指さした。

「よし……」
「あ、猫ちゃんはうるさいのあんまり好きじゃないから……静かにゆっくりやってあげると良いかもね」
「はい!」
「もし嫌がったら、一度止めてあげてね。機嫌悪い時もあるから」

抜き足、差し足……お兄ちゃんはボスに近づいていく。そしてお腹にゆっくりと腕を回し……ボスを持ち上げる。

「やった……」
「うわぁー……良いなぁー……」

「にゃーー」ボスはまたしても、身をよじらせて、お兄ちゃんの腕からするりと逃げて行ってしまった。

「あれぇー……俺、嫌われてるのかなぁー……」
「あはは! そうじゃね?」
正人くんが、げらげら笑っている。

「いや、今のは……持ち方かな」
またお母さんが優しくお兄ちゃんに向かって言った。

「持ち方? 悪かったってこと……ですか?」
「うん。ちょっと今のは、お腹を押し過ぎたかな。猫ちゃん嫌がるんだよね。お腹」
「……そっか。難しいなぁー……」
「慣れだと思うよ? 私も正人も、最初はそんな感じだったから」

お母さんはわたし達に、ケーキを出してくれた。

わたし達は、正人くんの家を出てから、しばらくお互い無言で歩いた。目の前で猫ちゃんを見ることができたり、触ることはできたけど……上手に抱っ子することができなかったからだと思う。

「はぁ。……やっぱ無理なのかな」
「何が?」
「ん? 猫を飼うことだよ」
「……ボスを抱っこできなかったから?」
「そう。向いてないのかな。俺」
「……わたしもできなかったよ」
「はぁ」
陽が沈み始めた、オレンジ色のアスファルト。わたし達はため息をつきながら家に帰った。