「ん? 玄関のドアの音?」
「そうです。どうしたら良いですか? 結構音がするんです」
学校なら大丈夫。そう思ったわたしは、理科の榊先生に相談してみた。理由は内緒にして。
「ガララーみたいな音がしちゃうんですけど、無くしたいんです」
「……うーん」
「カララーみたいな、静かな音にしたくて」
「何だそりゃ? 泥棒でもするのか?」
「……違います」
確かに、理由を言わずに先生にこんなことを相談するのも、変だなと思う。……でも言えない。何かあって、お母さんに電話されると困るから。
「全部、音を無くすのは無理だよ」
「……先生でも?」
「はははっ……そうだね。先生でも無理かな」
「何で?」
「ドアの下に、小さいタイヤが付いてるんだよ。そういうドアは。で、タイヤがレールを通る時に音が出ちゃうんだ」
「……はぁ」
先生でも無理なら、一体どうすれば良いんだろう。
「例えばだけど、ちょっと古くなってるはずだから……スプレーとかすれば、少しは音が減るんじゃないか?」
「……スプレー?」
「そう。通りが良くなるスプレーとか、売ってるんだよ。お母さんに聞いてみたら良い」
「……」
「お母さんに聞いてみたら良い」と言われたら……そこまで。聞きたくないから、先生に聞いたのに。
「はぁい」
「ま、先生からはそんなとこだな」
とりあえず、ドアの音を無くすのは無理!ということは分かった。
(……あ!)
(窓だ! 窓から出れば良いんだ……!)
きっと窓からだったら、ドアほどは音がしないんじゃない?どうなるか分からないけど、試してみる価値はある。
(なるほど……)
(これなら良いかもな……)
夕方。家に帰っていつもの窓を開けてみる。予想通りで、玄関のドアよりは音が少ない。とりあえず、「窓から出る」という作戦に切り替えることにした。
「ごちそうさまー」
いつも通り、わたしは手を合わせる。リビングへ移動して……夜の8時までテレビを見ながら過ごす。
(……そろそろ……)
お父さんはお風呂。お母さんはキッチンで何かしてる。……お兄ちゃんは?
(あぁ、寝てるんだ)
ベッドの上で、ゲームをしながらそのまま寝てしまったらしい。
作戦通りカーテンの内側に潜み、窓の鍵を開けておく。何だか今日は、いつもよりもドキドキした。夜の8時を回り、いつも通り前の家の左隅、右隅。くまなくチェックするけど……また猫ちゃんの姿は見えない。
(んー……じれったい)
心臓の音が部屋に聞こえるくらいな気がする。そのまま息を潜めて、わたしは猫ちゃんの登場をじっと待つ。その時。
(来たぁ……)
右隅だった。いつもと逆方向だったけれど、右隅からひょっこり猫ちゃんの影が見えた。また色々なところの匂いをチェックしながら……ゆっくりと近づいてくる。
(……今だ。……ゆっくり……)
静かに窓を開けた。ほとんど音が出ることはなく、勝利を確信する。「やった」と心の中で声を上げながら、わたしはそっと庭に出ようとした――
(あっ……!)
サンダルを用意するのを忘れていた。
(げー……しまった。履くものがない……)
ここまで来たら引き下がることはできない。わたしはぺとっという音と共に、庭に足を踏み入れた。そしてその場でゆっくりとしゃがみ込む。
ふらふらと歩いていた猫ちゃんが、わたしの存在に気付いたらしく、ピタリと動きを止めている。暗闇の中、キラリと光るまん丸な瞳が……じっとわたしに向けられている。
(あんま目、合せないようにしなきゃな……)
視線を落として、猫ちゃんに気付いていないふりをした。
1分ほど経っても、猫ちゃんはぴくりととも動かない。そしてわたしも視線を反らしたまま、動けない……。猫ちゃんはその場で何か考えことをしているかのように見える。
(動けっ……動いてっ)
願いが通じたのか、猫ちゃんは動き出した。……わたしの方ではなく、横に。わたしとの距離を保ちながら……横へ横へと歩いている。どうやらこの距離を詰めるつもりはないみたい。
(あっ……!)
隣の家の光が、一瞬だけ猫ちゃんを照らす。まるでスポットライトのように。ずっと気になっていた猫ちゃん。黒猫だった。
(いやー……可愛いー)
しゃがみ込んだまま動けないわたし。その場で感動している間に……黒猫ちゃんは姿を消した。
「そうです。どうしたら良いですか? 結構音がするんです」
学校なら大丈夫。そう思ったわたしは、理科の榊先生に相談してみた。理由は内緒にして。
「ガララーみたいな音がしちゃうんですけど、無くしたいんです」
「……うーん」
「カララーみたいな、静かな音にしたくて」
「何だそりゃ? 泥棒でもするのか?」
「……違います」
確かに、理由を言わずに先生にこんなことを相談するのも、変だなと思う。……でも言えない。何かあって、お母さんに電話されると困るから。
「全部、音を無くすのは無理だよ」
「……先生でも?」
「はははっ……そうだね。先生でも無理かな」
「何で?」
「ドアの下に、小さいタイヤが付いてるんだよ。そういうドアは。で、タイヤがレールを通る時に音が出ちゃうんだ」
「……はぁ」
先生でも無理なら、一体どうすれば良いんだろう。
「例えばだけど、ちょっと古くなってるはずだから……スプレーとかすれば、少しは音が減るんじゃないか?」
「……スプレー?」
「そう。通りが良くなるスプレーとか、売ってるんだよ。お母さんに聞いてみたら良い」
「……」
「お母さんに聞いてみたら良い」と言われたら……そこまで。聞きたくないから、先生に聞いたのに。
「はぁい」
「ま、先生からはそんなとこだな」
とりあえず、ドアの音を無くすのは無理!ということは分かった。
(……あ!)
(窓だ! 窓から出れば良いんだ……!)
きっと窓からだったら、ドアほどは音がしないんじゃない?どうなるか分からないけど、試してみる価値はある。
(なるほど……)
(これなら良いかもな……)
夕方。家に帰っていつもの窓を開けてみる。予想通りで、玄関のドアよりは音が少ない。とりあえず、「窓から出る」という作戦に切り替えることにした。
「ごちそうさまー」
いつも通り、わたしは手を合わせる。リビングへ移動して……夜の8時までテレビを見ながら過ごす。
(……そろそろ……)
お父さんはお風呂。お母さんはキッチンで何かしてる。……お兄ちゃんは?
(あぁ、寝てるんだ)
ベッドの上で、ゲームをしながらそのまま寝てしまったらしい。
作戦通りカーテンの内側に潜み、窓の鍵を開けておく。何だか今日は、いつもよりもドキドキした。夜の8時を回り、いつも通り前の家の左隅、右隅。くまなくチェックするけど……また猫ちゃんの姿は見えない。
(んー……じれったい)
心臓の音が部屋に聞こえるくらいな気がする。そのまま息を潜めて、わたしは猫ちゃんの登場をじっと待つ。その時。
(来たぁ……)
右隅だった。いつもと逆方向だったけれど、右隅からひょっこり猫ちゃんの影が見えた。また色々なところの匂いをチェックしながら……ゆっくりと近づいてくる。
(……今だ。……ゆっくり……)
静かに窓を開けた。ほとんど音が出ることはなく、勝利を確信する。「やった」と心の中で声を上げながら、わたしはそっと庭に出ようとした――
(あっ……!)
サンダルを用意するのを忘れていた。
(げー……しまった。履くものがない……)
ここまで来たら引き下がることはできない。わたしはぺとっという音と共に、庭に足を踏み入れた。そしてその場でゆっくりとしゃがみ込む。
ふらふらと歩いていた猫ちゃんが、わたしの存在に気付いたらしく、ピタリと動きを止めている。暗闇の中、キラリと光るまん丸な瞳が……じっとわたしに向けられている。
(あんま目、合せないようにしなきゃな……)
視線を落として、猫ちゃんに気付いていないふりをした。
1分ほど経っても、猫ちゃんはぴくりととも動かない。そしてわたしも視線を反らしたまま、動けない……。猫ちゃんはその場で何か考えことをしているかのように見える。
(動けっ……動いてっ)
願いが通じたのか、猫ちゃんは動き出した。……わたしの方ではなく、横に。わたしとの距離を保ちながら……横へ横へと歩いている。どうやらこの距離を詰めるつもりはないみたい。
(あっ……!)
隣の家の光が、一瞬だけ猫ちゃんを照らす。まるでスポットライトのように。ずっと気になっていた猫ちゃん。黒猫だった。
(いやー……可愛いー)
しゃがみ込んだまま動けないわたし。その場で感動している間に……黒猫ちゃんは姿を消した。



