「(……なあ! 美穂)」
夜の8時を過ぎた頃、スマホで動画を見ていたわたしに、お兄ちゃんが小声で言う。

「何?」
「ちょっと、こっち!」
「……何よ。忙しいんだって」
「来たんだってば」
「……来たって……何が」
「さっき言っただろ? 猫だよ、猫」
夕方お兄ちゃんから聞いた「秘密の話」。わたしはすっかり忘れていた。

(あぁー……猫のやつか)

わたしは動画を止めて、面倒くさいけど立ち上がった。……あまりにもお兄ちゃんがしつこいから。

「……どこ?」
「あそこ! 前の家の、左側……」
閉じているカーテンの裏側に入る。裏側に入ると、家の中の電気が光らなくて……暗くなった外がよく見える。

「どこよ」
「あの植木鉢のところだって」
少し暗闇に目が慣れてきて、お兄ちゃんの指さす場所をじっと見つめる。

(あっ……)

確かにお兄ちゃんの言う通り、猫が歩いていた。

「ほんとだ。猫じゃん」
「だろ? あれ可愛いなぁー……」
「『あれ』じゃ無いよ? 『あの子』ね」
「……分かったよ。でもさ、可愛くないか?」
「……いや? それほどじゃないかな……」

バサッとカーテンの内側から部屋の中に戻る。机の上に置いておいたスマホを手に取って、動画の再生ボタンを押した。

「……何だよ。絶対可愛いよ」
ブツブツ言いながら、お兄ちゃんは自分の机に戻っていった。

わたしはお兄ちゃんに1つウソをついた。それは、猫がものすごく可愛いということ。尻尾がピンと立っていて、可愛い体型。ゆっくり歩いているのも、すごく良い!

(可愛かったなぁ……)

部屋から見た、暗闇の中の猫。思い出すたび、わたしはキュンキュンする。

(何歳なんだろ……)
(……色、何色かなぁー……)

「見てみたい!」
とっても気になって、わたしは何度もカーテンの裏に回って、窓の外を見ていた。