『黒猫を預かっています』
『4歳~5歳くらい』
『心当たりのある方は、ご連絡下さい』
『電話080-……』

黒猫ちゃんの傷は、幸い命に関わるものじゃなかった。お父さんとお母さんは、飼い主さんを探すために、パソコンで一生懸命黒猫ちゃんのチラシと作った。わたしとお兄ちゃんで一緒になって、近所の人達にチラシを配る。

「飼い主さんが見つかるまで……お世話にしてあげなさい」
黒猫ちゃんのお世話をするのは、わたしとお兄ちゃんの役目。家に黒猫ちゃんがやってきてから……何だかとっても嬉しそうに見える。

「可愛いよなぁ……」
エアコンの下でぐっすりと眠る黒猫を眺めて、うっとりしたようにお兄ちゃんは毎日言っている。

「うん。ねえ、名前どうするの? 黒猫ちゃんの」
「そうだよな。『黒猫ちゃん』じゃ呼びにくいしなぁ……」
「黒猫だから、クロ?」
「普通過ぎないか?」
「じゃあ、どうするの」
「うーん……」

黒猫ちゃんと暮らすのは、あくまでも飼い主さんが見つかるまで。わたし達の住んでいる「ひらや」はペット禁止だから……早く見つからないとやばいみたい。

「一応、大家さんには許可取ってあるから」
お母さんが昨日言っていた。

「でもさ、名前付けない方が良いのかな」
「何でだよ。呼びにくくないか?」
「だってさ……ずっと一緒にいるわけじゃないじゃん……」
「……まぁ……そうだけどさ」

どこかで分かっていた。名前を付けてしまって、いっぱいいっぱい仲良くなってしまうと……離れる時に、寂しくなるんじゃないかって。

「だから……わたしは『黒猫ちゃん』で良いかな。ずっとそう呼んでたし」
「……うん」
お兄ちゃんも、どこかで分かってるような気がする。あれだけ猫のことを可愛いとか、飼いたいとか言っているのに、名前を付けないことに賛成してくれたから。

「たくさん遊んであげると良いらしいよ!」
「……そっか」
お父さんが買ってきてくれたおもちゃを持って、お兄ちゃんが黒猫ちゃんの前に立つ。

「……よし」
「やるか……」

黒猫ちゃんの目の前で、青い羽根の付いたおもちゃを振り回す。「えい!」「えい!」とお兄ちゃんは言いながら、必死に振り回すけど……黒猫ちゃんはじっとお兄ちゃんの顔を見たまま動かない。

「……何だよ……全然遊ばないじゃんかよ……」

はぁはぁ……と息をしているお兄ちゃんからおもちゃをもらい、次はわたしの番。

(ふふん……お母さんから教えてもらったもんね……)

黒猫ちゃんの目の前で、ゆっくりとおもちゃを左右に揺らす。

(おぉー、ちゃんと目で追ってる……)

一度ピタリと止めると、黒猫ちゃんもじっと羽を見続けている。そしてタイミングを見て、スピードを変える……!

バッ!!と黒猫ちゃんが羽に飛びかかってくるタイミングで、わたしも羽をバッ!と遠ざける。

(……危ない! 捕まえられるところだった……)

わたしと黒猫ちゃんの攻防戦……でも最後は、決めていた。黒猫ちゃんに獲らせてあげるの。

ガシッ!と羽を抱きかかえるように押さえ込む黒猫ちゃん。この勝負、黒猫ちゃんの勝ち。わたしは思い切り頭を撫でる。

「すごいねぇ! あなたは! スゴイ! スゴイ!」
どうだ!という表情をする黒猫ちゃん。

「遊んだ後はね、いっぱいいっぱい褒めてあげると良いよ」
猫カフェのお姉さんの言うことは……全部合ってる。あのお姉さん、ただ者じゃない。わたしの尊敬するランキング、3位。

「お前……凄いな」
「でしょ? 聞いたんだよ」
「聞いた? 誰から」
「ん? わたしの尊敬する人から」
「……何だそれ」

とにかく猫が嫌がることはしない――
それが猫から好かれる秘訣なのだとお姉さんは言っていた。もっと触りたい、もっと遊びたい、とにかくわたしの気持ちではなく……黒猫ちゃんの気持ちを考える。

(お兄ちゃんには、できなそうだな)

黒猫ちゃんがわたしに懐くまで、そこまで時間はかからなかった。