カランッ……

「いらっしゃいませー」
店内に女性の声が静かに響く。

「あら? 昨日の……」
「……こんにちは……」
わたしはお母さんと一緒に来た『ねこの家』にやってきた。1人で電車に乗るのは勇気がいったけど、黒猫ちゃんのために頑張れた。学校がお昼までだったから、みんなには内緒で――

「今日も来てくれたんだ」
「うん」
「今日は1人?」
「そう。お姉さんに、聞きたいことがあって」

わたしはお姉さんに、これまでの出来事を聞いてもらった。

最近、家の周りを黒猫がうろついていること。最初は懐かなかったのに、晩ご飯の残りをちょっとあげたら、頭を撫でさせてくれるようになったこと。昨日の夜に怪我をしていたこと。お母さんはまだ言ってないこと――

「……なるほどなぁ」
お姉さんは腕を組みながら、鼻からふぅっと息を吐き出している。わたしはドキドキしながら、お姉さんの言葉を待つ。

「うーん……」
「……」
「美穂ちゃんは? どうしたいの?」
「……ほんとは飼いたい」
「だろうね」

そういうと、お姉さんは「ちょっと待ってて」とカーテンの奥に入って行った。

(んー……良く分からないけど、お姉さん何であんなに考えてるんだろう……?)

少し緊迫した空気でさらに緊張しているところに、お姉さんが戻ってくる。

「はい。サービスだよ」
「わーー! ありがとう!」
「内緒だよ?」
オレンジジュースを目の前に置いてくれた。

「黒猫ちゃん。どうしたら良いかな」
ストローの紙をピリリと破いて、ジュースに差し込んだ。

「飼い猫か分からないからなぁ……」
「うん。分かんない」
「野良猫だったらね。全然良いと思うよ」
「……何が?」
「ん? 保護して病院に連れていってあげて……そのまま一緒に暮らすの」
「そっか……」
「譲渡先を探しても良いね」
「……譲渡先?」
「そう。美穂ちゃんのお家で暮らせない場合は、美穂ちゃんが代わりに引き取ってくれる人を探すんだよ」
「わたしがやるの?」
「そりゃそうじゃない? 病院だけ連れていってさ、そのまま『ばいばい』は出来ないよ?」
「そうなんだ……」
「そう。保護するなら、責任持たないと」
「……」
「前も言ったでしょ?命には変わりないんだよ」
ジュースを飲みながら、わたしは「結構色々と大変なんだな……」と頭が痛かった。もっと簡単に何とかすることができると思っていたから。

「じゃあさ」
「うん」
「もし黒猫ちゃんが……誰かのお家の猫ちゃんだったら?」
「うーん……病院連れて行ってあげて……でもやっぱり美穂ちゃんのお家で預かる感じかな……それでチラシか何か作る感じ? 『黒猫預かってます』みたいな」
「……そっか」
「……ま、そんな感じかなぁ」
「じゃ、わたしが黒猫ちゃん病院に連れていって、そのままお家で暮らしても良いの?」
「野良だったらね。飼い猫の場合……さっき言った通りだけど、しれっと家で暮らしちゃうケースもあるよ」
「なるほど!」
「でもさ、飼い主さん……もしかしたら必死で探してるかもよ?」
「そっか……泥棒みたいな感じになっちゃうのか……」
「……まぁ、イメージはそんな感じ」

「気持ちは分かるけどね」
そう言うとお姉さんは寄って来た猫ちゃんの頭をよしよしした。

「でも、とりあえず何となく分かったよ」
「ありがと」
わたしも猫ちゃんの目の前で、赤い羽根のおもちゃをふりふりとさせた。この前よりは少し上手になった気がする。