「それにしても、あんたが猫カフェに行きたいなんてね……」
ホームで電車を待ちながら、お母さんが言った。
「だってさ、可愛いじゃん」
「まぁ……」
「お母さんは猫カフェ。行ったことあるの?」
「昔、1回か2回……行ったことあるかなぁ……」
思い出すように遠くを見つめる。
「どうだった? どうだった?」
「……猫、寝てたよ。昼寝の時間に行っちゃったみたいで」
笑っていると、電車がホームに到着した。
「それにしても、賢吾も行きたいのかなって思ってたけどね」
「お兄ちゃんは良いよ。放っておけば」
「そう? 年頃の子は……良く分かんないねー」
結局、ふてくされたのか分からないけど、お兄ちゃんは「行かない」と行って、家でお留守番することになった。
「わたし達だけ、楽しむもん。ね?」
「ははっ、そうね」
2人を乗せて、電車は出発した。
「いらっしゃいませ」
ドアを開けると、若い女の人が声をかけてくれた。店員さんらしい。
「2人なんですけど」
お母さんが店員さんと話をして、色々と話を聞いている。その間にわたしは部屋の中をぐるりと見回す。
(あー……猫ちゃん!)
(あっ……こっちにも)
(こっちにもいるじゃん……)
(何ここ……ちょっと……)
『ねこの家』のルールは、最初だけ何か飲み物を頼まないといけないらしい。それで1時間いることができる。お母さんが言ってた。わたしはオレンジジュースを注文して、はやる気持ちを抑えながら、店員さんの話を聞く。
「ここにおもちゃあるから、好きに使って大丈夫ですよ」
「猫ちゃんに触れても大丈夫ですけど、抱っこはできないですよ」
「無理に追いかけ回したりするのは禁止です」
……みたいなことを言ってたと思う。頷いて聞いてはいたけど……心はどこか遠くへ行ってしまっていたから。
「どこに行くの?」
お母さんがジュースを持ってくれて、わたしに聞いてくる。
「んー……」
「とりあえず、あの机に座ってたら、猫ちゃん達が来るかもね」
店員のお姉さんが奥のテーブルを指さした。言われた通り、奥のテーブルに向かうことにする。
(1……2……3……)
見える限りの猫ちゃんを数えてみると、8匹の猫ちゃん達がいる。……でも、ほとんどの猫ちゃんは寝ている。「昔、行ったことあるけど、猫ちゃん達……寝てたよ」とお母さんの言葉を思い出す。
(あ……来た……)
右側から、毛がもさもさしている猫ちゃんがふらりと歩いてきた。
「ね、お母さん。来たよ! 猫ちゃん」
「あー……ほんとね。おもちゃ、使ってみたら?」
入口で借りたねこじゃらしみたいなおもちゃ。先端にはカラフルな毛がいっぱいついている。
「……やってみようかな」
わたしはおもちゃを手に取り、猫ちゃんの目の前で揺らしてみせた。
「あれ?」
ブン!と振っても、猫ちゃんは全く反応してくれない。「えい!」と2~3回目の前で振り回しても、同じ結果だった。
「えー……何よ。動いてくれないじゃん」
動画で予習は十分だった。わたしのイメージでは、猫ちゃんがバッ!と飛びついて、わたしは笑顔でおもちゃを振っている予定だったのに……。全然違った。
「……動画と全然違うなぁ」
「あんた、下手ね。ちょっと貸して」
お母さんはわたしが持っているおもちゃを手に取った。
「こんな感じじゃない?」
おもちゃの羽を、猫ちゃんの視界にちょっと入るくらいのところで……フリフリと動かす。そして猫ちゃんが気付いたら、またふぁさふぁさっと動かす……
(何、この動き……)
猫ちゃんも気になるらしく、目と顔の両方で羽を追いかけて……首の動きが段々と速くなる。そして我慢できなくなったのか、猫ちゃんが飛びかかった……!
まさに、一瞬のできごとだった。猫ちゃんが羽にバッ!と飛びかかった瞬間、お母さんも羽をバッ!と真上に勢いよく持ち上げた。猫ちゃんは更に目線で追い、お母さんは一層激しく羽を振る……
(何よこれ……)
(……スポーツみたいじゃん)
お母さんと猫ちゃんの息詰まる攻防に、いつしかわたしも引き込まれるように見続ける。
「はい。……こんな感じかな」
「……何それ。すご過ぎるんですけど」
おもちゃを返されたけど、わたしには無理だなと思った。
猫ちゃんと遊ぶのに、あんな技がいるとは思ってもみなかった。ただ単におもちゃを振っておけば……勝手に猫ちゃんが遊んでくれるとばかり、思っていた。わたしは浅はかだった。
しばらくの間、ジュースを飲みながら店内の猫ちゃん達を観察する。
「そういえばさ、この猫ちゃん達って……どこから来てるんだろう?」
「多分、保護してるんじゃないかな」
「……保護?」
お母さんがキャットタワーの上で寝ている猫を撫でながら言う。
「そうですよ」
「保護猫ですよ」
わたし達の会話が聞こえたみたいで、店員のお姉さんが教えてくれた。
「保護猫? 保護猫って何?」
「色々な理由でね、保護された猫ちゃんってことなんだよ」
「保護……」
「そう」
「例えばだけど、猫を飼えなくなって捨てちゃう人もいるんだよ」
「えー……そうなの?」
「そう。良くないけどね。実際にいるんだよ」
「……ダメだよ、そんなの……」
「ね。私もそう思うよ? 命なのにね」
「そうだよ! こんなに可愛いのにさ……」
猫ちゃん達を見つめるわたしに、店員のお姉さんは優しく言った。
「みんなね、あなたと同じ気持ちで飼い始めるんだよ」
「えっ……」
「最初はね。『可愛い!』『可愛い!』って。途中から責任持てなくなる人も、いるんだよ」
「そんな……」
「猫を迎え入れたい気持ちはね、大切にして欲しいなって思うけど……その後の事も考えておいて欲しいよね」
「……猫ちゃんてさ」
「うん」
「どれくらい長生きするの?」
「猫にもよるけどね……一般的には15年くらいかな」
「15年……」
「ま、もちろん病気とかしなければの話だけどね。種類にもよるし。20年以上生きる子だっているんだよ」
「へぇ……20年……」
お母さんは何も言わずに、わたしとお姉さんのやりとりを耳を澄ませながら聞いている。
「そこまで重く考えなくても良いけど」
「うん」
「命を預かる事には変わりないからね」
「……うん」
わたしの足元に、急に猫ちゃんがやってきた。ふくらはぎの部分に、頭をすりすりと擦り付けている――
ホームで電車を待ちながら、お母さんが言った。
「だってさ、可愛いじゃん」
「まぁ……」
「お母さんは猫カフェ。行ったことあるの?」
「昔、1回か2回……行ったことあるかなぁ……」
思い出すように遠くを見つめる。
「どうだった? どうだった?」
「……猫、寝てたよ。昼寝の時間に行っちゃったみたいで」
笑っていると、電車がホームに到着した。
「それにしても、賢吾も行きたいのかなって思ってたけどね」
「お兄ちゃんは良いよ。放っておけば」
「そう? 年頃の子は……良く分かんないねー」
結局、ふてくされたのか分からないけど、お兄ちゃんは「行かない」と行って、家でお留守番することになった。
「わたし達だけ、楽しむもん。ね?」
「ははっ、そうね」
2人を乗せて、電車は出発した。
「いらっしゃいませ」
ドアを開けると、若い女の人が声をかけてくれた。店員さんらしい。
「2人なんですけど」
お母さんが店員さんと話をして、色々と話を聞いている。その間にわたしは部屋の中をぐるりと見回す。
(あー……猫ちゃん!)
(あっ……こっちにも)
(こっちにもいるじゃん……)
(何ここ……ちょっと……)
『ねこの家』のルールは、最初だけ何か飲み物を頼まないといけないらしい。それで1時間いることができる。お母さんが言ってた。わたしはオレンジジュースを注文して、はやる気持ちを抑えながら、店員さんの話を聞く。
「ここにおもちゃあるから、好きに使って大丈夫ですよ」
「猫ちゃんに触れても大丈夫ですけど、抱っこはできないですよ」
「無理に追いかけ回したりするのは禁止です」
……みたいなことを言ってたと思う。頷いて聞いてはいたけど……心はどこか遠くへ行ってしまっていたから。
「どこに行くの?」
お母さんがジュースを持ってくれて、わたしに聞いてくる。
「んー……」
「とりあえず、あの机に座ってたら、猫ちゃん達が来るかもね」
店員のお姉さんが奥のテーブルを指さした。言われた通り、奥のテーブルに向かうことにする。
(1……2……3……)
見える限りの猫ちゃんを数えてみると、8匹の猫ちゃん達がいる。……でも、ほとんどの猫ちゃんは寝ている。「昔、行ったことあるけど、猫ちゃん達……寝てたよ」とお母さんの言葉を思い出す。
(あ……来た……)
右側から、毛がもさもさしている猫ちゃんがふらりと歩いてきた。
「ね、お母さん。来たよ! 猫ちゃん」
「あー……ほんとね。おもちゃ、使ってみたら?」
入口で借りたねこじゃらしみたいなおもちゃ。先端にはカラフルな毛がいっぱいついている。
「……やってみようかな」
わたしはおもちゃを手に取り、猫ちゃんの目の前で揺らしてみせた。
「あれ?」
ブン!と振っても、猫ちゃんは全く反応してくれない。「えい!」と2~3回目の前で振り回しても、同じ結果だった。
「えー……何よ。動いてくれないじゃん」
動画で予習は十分だった。わたしのイメージでは、猫ちゃんがバッ!と飛びついて、わたしは笑顔でおもちゃを振っている予定だったのに……。全然違った。
「……動画と全然違うなぁ」
「あんた、下手ね。ちょっと貸して」
お母さんはわたしが持っているおもちゃを手に取った。
「こんな感じじゃない?」
おもちゃの羽を、猫ちゃんの視界にちょっと入るくらいのところで……フリフリと動かす。そして猫ちゃんが気付いたら、またふぁさふぁさっと動かす……
(何、この動き……)
猫ちゃんも気になるらしく、目と顔の両方で羽を追いかけて……首の動きが段々と速くなる。そして我慢できなくなったのか、猫ちゃんが飛びかかった……!
まさに、一瞬のできごとだった。猫ちゃんが羽にバッ!と飛びかかった瞬間、お母さんも羽をバッ!と真上に勢いよく持ち上げた。猫ちゃんは更に目線で追い、お母さんは一層激しく羽を振る……
(何よこれ……)
(……スポーツみたいじゃん)
お母さんと猫ちゃんの息詰まる攻防に、いつしかわたしも引き込まれるように見続ける。
「はい。……こんな感じかな」
「……何それ。すご過ぎるんですけど」
おもちゃを返されたけど、わたしには無理だなと思った。
猫ちゃんと遊ぶのに、あんな技がいるとは思ってもみなかった。ただ単におもちゃを振っておけば……勝手に猫ちゃんが遊んでくれるとばかり、思っていた。わたしは浅はかだった。
しばらくの間、ジュースを飲みながら店内の猫ちゃん達を観察する。
「そういえばさ、この猫ちゃん達って……どこから来てるんだろう?」
「多分、保護してるんじゃないかな」
「……保護?」
お母さんがキャットタワーの上で寝ている猫を撫でながら言う。
「そうですよ」
「保護猫ですよ」
わたし達の会話が聞こえたみたいで、店員のお姉さんが教えてくれた。
「保護猫? 保護猫って何?」
「色々な理由でね、保護された猫ちゃんってことなんだよ」
「保護……」
「そう」
「例えばだけど、猫を飼えなくなって捨てちゃう人もいるんだよ」
「えー……そうなの?」
「そう。良くないけどね。実際にいるんだよ」
「……ダメだよ、そんなの……」
「ね。私もそう思うよ? 命なのにね」
「そうだよ! こんなに可愛いのにさ……」
猫ちゃん達を見つめるわたしに、店員のお姉さんは優しく言った。
「みんなね、あなたと同じ気持ちで飼い始めるんだよ」
「えっ……」
「最初はね。『可愛い!』『可愛い!』って。途中から責任持てなくなる人も、いるんだよ」
「そんな……」
「猫を迎え入れたい気持ちはね、大切にして欲しいなって思うけど……その後の事も考えておいて欲しいよね」
「……猫ちゃんてさ」
「うん」
「どれくらい長生きするの?」
「猫にもよるけどね……一般的には15年くらいかな」
「15年……」
「ま、もちろん病気とかしなければの話だけどね。種類にもよるし。20年以上生きる子だっているんだよ」
「へぇ……20年……」
お母さんは何も言わずに、わたしとお姉さんのやりとりを耳を澄ませながら聞いている。
「そこまで重く考えなくても良いけど」
「うん」
「命を預かる事には変わりないからね」
「……うん」
わたしの足元に、急に猫ちゃんがやってきた。ふくらはぎの部分に、頭をすりすりと擦り付けている――



