──あれから約一ヶ月。
『Mutuals』としてデビューした俺たちは、多忙な毎日を過ごした。
まず最終日の翌日にそのまま北海道でスチール撮影、東京に帰ってデビュー曲のパート割り、レコーディングとMV撮影。それからメディアのインタビュー、雑誌の撮影など。
シオンを除いたメンバー全員が、来月の頭に大学の入学式がある。それまでの休みの期間にできるだけ仕事を詰め込まれた。
「本日は、今話題のフレッシュな男女アイドルグループ、Mutualsさんに来ていただきました!」
「よろしくお願いします」
「高校を卒業したばかりのフレッシュな皆さん。実は恋愛リアリティーショー『シークレットラブ』の参加者で……なんと、そこでカップルになった二組がいらっしゃるんですよね」
「はい! 私以外のこっちがカップルです」
「春兎さんと啓さんは男性同士ということで、恐らく日本初ですかね!? 同性のカップルがデビューするのは」
「そう……ですね、たぶん」
「今は多様性の時代ですから、お二人を見て勇気をもらう方もいらっしゃるんじゃないかと思います。それではこのあと、デビュー曲の『Secret Love』を披露していただきます!」
何度も繰り返し見た動画の再生を止める。これは先週、全国放送のテレビ番組で流れたものだ。
アイドルで同性のカップルというのは、やはり大きな注目を受けている。どこに行っても最初の紹介で必ず言われる。もはやそれにも少し慣れてきた。
意外にも親やファンに反対はされなかった。夢が叶ってよかったね、応援するからね、と言ってもらえて、自分は本当に支えられてきたのだと実感した。
グループのリーダーは理子が担う。歌のパートは彼女の次に啓の分量が多く、俺は少なめ。その代わりダンスパフォーマンスではソロパートを与えてもらえた。俺にとっては充分すぎるほどの待遇だ。
「春兎! お待たせ」
全身白で統一された、王子様みたいな衣装を身に纏った啓が部屋に入ってくる。
「どこ行ってたの」
今日はこれから雑誌の撮影をする。しかも俺と啓だけのユニット撮影。
「マネージャーと話してた。来月の仕事が学校と被るかもしれなくて……」
言いながら、啓が俺の隣に座った。
この控え室にはスタッフもいる。何か言われないか気になって周りを見たら、不思議そうに顔を覗き込まれた。
「春兎?」
「近いって」
「大丈夫だよ。みんな僕たちが付き合ってること知ってるんだし」
「そ、そういう問題じゃないだろ」
はいもう隠さなくていいですよ、といきなり言われても気持ちを切り替えるのは難しい。それに、いくら多様性の理解が広まった今でも同性愛が嫌いな人もいる。単にカップルの絡みが嫌いな人も。
なるべく人前ではくっつかないように心掛けないと。
「あ、そうだ。理子ちゃんから聞いた?」
「なにが」
「春兎と僕の関係、気づいてたらしいよ。でもダウトポイントもらうために演技してたんだって」
「……え!」
いつから気づいてたんだ?
彼女の不敵な笑みが容易に想像できる。一緒に仕事をするようになって分かったが、理子は聡明で頭の回転が早く、周りへの気遣いやアイドルとしてのプロ意識がとにかく高い。
インタビューのコメントに躓いたらすっと横からサポートしてくれたり、たった一ヶ月の間に何度も助けられた。
「まじか……あー、なんかめっちゃ恥ずかしい」
「なんで僕たちの名前書かなかったんだろう」
「たしかに」
ポイントで一番稼いでいたのは彼女だが、ライバルは少ないほうがよかったんじゃないのか──と考えて、ふと思い出した。ゴンドラの中で拳をぶつけたときのことを。
──春兎くんはアイドルになれると思ってるよ。デビューしたらよろしく──
もしかしたら、あの時から理子はすべてを分かっていたのかもしれない。
「春兎さんと啓さん、準備できたので移動お願いします」
「あっはい!」
撮影スタジオはやけに広く感じた。普段センターポジションの理子もいないし、啓と二人で並んで撮られるのは変な感じがする。
ガチガチに固まる俺と反対に、隣に立つ男は妙に余裕がある。撮影に慣れているようだ。
「春兎、緊張ほぐれない? 体の力抜いて」
「逆になんで啓はそんな余裕な感じなの」
「あー……一応、今まで雑誌のモデルやってきたから」
「雑誌モデル? 初耳なんですけど」
「隠してたわけじゃないよ。言わなくてもいい情報かなって」
「いや知りたいじゃんそういうの」
合点がいった。スチールもMV撮影も、あまり緊張している素振りがなかったから気になっていたが、まさかモデルをやっていたなんて。どうりで服の着こなしが上手いと思った。
仕事が落ち着いたら、過去に出た雑誌でも買い集めよう。
「えっと春兎さん、そのクッション抱きしめてもらえる? そんで啓さんがこう、春兎さんの肩をぎゅーっとする感じ」
言われてすぐ、啓に抱き寄せられる。俺は戸惑いながら指示に従った。これなら一人で撮られるほうがまだ恥ずかしくないのに。
「じゃあ撮影しながらお話聞かせてください」
手にバインダーを持った女性がカメラマンの後ろに立つ。同時にやる意味はあるのだろうか。
「春兎さんが啓さんを好きになったきっかけは?」
レンズを見ながら、声に意識を向けるのはなかなか難しい。
「俺は……そうですね、あー、運命を感じた……的な」
「え!?」
「うわっ、びっくりした」
いきなり大きな声を出されて肩が飛び跳ねた。
「ごめん……そんなこと言ってもらえると思ってなくて」
「ふふっ、お二人とも可愛らしいですね。逆に啓さんは?」
「昔から春兎のこと知ってたんですけど、実際に会ったら魅力がすごくて……でも、僕も運命ですかね」
「真似すんなよ」
「本当だよ?」
「黒板のメッセージも真似したくせに」
啓の顔を見た瞬間、カメラマンに意気揚々と
「おっ、いいねえ! そのまま見つめ合って~」
と言われて目が逸らせなくなった。
今日の啓は一段と格好いい。普段センター分けの前髪を少し下ろしていて、ピアスもついてる。
こんなイケメンに俺が釣り合うのかと、今でも信じられない気分だ。
「最後のメッセージ……、春兎の字かどうか確信持てなくて」
「ああ」
「好きって書いてくれたの、春兎?」
「あ、まあ、うん。ちょっと……こんなとこで言わないで」
「ごめん。うれしくて」
「お前はなんで書かなかったの」
「……迷ったんだ。しつこいと思われたくなかったし」
「そっか」
「いやあ、ほんとお似合いのカップルですよねえ。これからファンも増えていくと思いますが、お伝えしたいことは?」
「え、えっと……今までよりもっと歌もダンスも努力していきますので、応援お願いします」
「春兎らしいね」
そうだろうか。ありきたりな言葉になってしまったと思うけど。
「僕はメンバーとしても彼氏としても、春兎にとって恥ずかしくない、立派な人になりたいです」
「啓……!」
こんな場所でそんなこと言うなよ!
──と思ったが、至って本人の顔は真剣だ。冗談だったら笑って誤魔化せたのに。
「あははっ、こっちは気にせずチューしちゃっても全然オッケーだからね~。バッチリ撮るから任せて」
「カ、カメラさんまでやめてくださいっ」
「春兎」
「いや、いやいやいやバカじゃん。こんなとこでするわけないだろ!」
今度は冗談っぽくキス顔で迫ってきた男を突き飛ばして、腕から抜け出す。
スタジオが笑いに包まれる中、俺だけが本気で照れているのがおかしかった。


