【番組名】アイドルは秘密の恋をする:デビューまであと7日
【撮影場所】廃校になった小学校(宿泊施設)
【期間】スチール撮影を含め10日間
【企画】アイドルを目指す高校3年生の男女12人の中からデビューメンバーを選抜。
ポイントの獲得数が多い上位2名はデビュー。また、隠れて恋愛をしてカップル成立となればデビューできる。ただし見破られたカップルは脱落する。

※男女混合のアイドルグループとしてデビューしていただきます。
※デバイスはすべて没収しますので、SNSの投稿は番組から配布されるスマホで行ってください。

Day1.
・顔合わせ
・極秘ミッションの内容を決めるくじ引き
・デビュー曲のデモ音源を聴いて歌練習
・第一印象を発表

Day2.
・二つのグループに分かれてデート
・デビュー曲のダンス練習。男女別に分かれて動画を撮影してSNSに投稿

Day3.
・全員でスノーボード
・デビュー曲の歌練習
・夜デート

Day4.
・グループに分かれて練習後、動画を撮影してSNSに投稿
・ツーショットディナー

Day5.
・カメラなしデート(完全に撮影なし)
・密告タイム

Day6.
・最終練習
・ダウトカード配布。両思いだと思う2人の名前を書いて投函(自分を除く)
・好きな人の名前を書いて自分の机に入れる

Day7.
・体育館でデビュー曲を披露。リアルタイムでSNS投票を行う
・ダウトカード、極秘ミッション内容等を公開。ポイントの集計及びデビューメンバーを発表

詳細はそのつど指示カードにてお伝えします。
好きな人が出来ても必ず最後まで気持ちを隠し続けてください。スチール撮影は最終日の────。


***


 番組への参加が決まった一週間後、この台本をマネージャーから受け取った。ろくに内容も知らずに行ったオーディションがまさか恋愛リアリティーショーだなんて想像もしてなかったから、台本を読んだときは驚愕した。
 スマホの音楽を止めて座り込む。撮ったばかりのダンス動画を編集し、ハッシュタグをつけて投稿する。
 いつものルーティンを終えた俺は皺のついた冊子をリュックに押し込み、キャリーケースを引いて飛行機に乗った。 
 ───アイドルになることを夢見て早三年。来月に高校の卒業式を控えた今の俺に残された時間は少ない。業界では、アイドルは二十歳までにデビューしなければ売れる見込みはないと言われている。
 早く売れたい。アイドルになりたい。その一心でダンスや歌を必死に練習して、知名度を上げるために動画投稿を続けてきた。おかげでSNSのフォロワーはそこそこいる。が、この番組でデビューできなければアイドルとしての未来は手に入らない。
 きっとこれが最後のチャンスだ。

 指定された集合場所は北海道にある廃校だった。どうやら宿泊できるようにリノベーションされた施設のようで、調べたら教室で寝泊まりできると書いてあった。
 大きく立派な校舎を目の前に足が止まる。汗をびっしょりかいた手で荷物を握りしめながら、ゆっくり校庭に足を踏み入れる。俺に気づいた何名かの現場スタッフが駆け寄ってきた。
 一階の空き部屋で改めて番組の説明を受けたあと、その場でスマホを没収された。

「あくまで恋愛リアリティーショーなので、誰かを好きになれるように頑張ってください」

「宿泊する部屋にもカメラは仕掛けてあります。常識を外れた行動はしないようにお願いします」

 そんなことを矢継ぎ早に言われたと思う。要は番組の立場になって考えろということだ。
 簡単なメイクアップを受け、制服に着替えてマイクと名札を胸につけた。心の準備もさせてもらえないまま、「じゃあここから歩いて体育館に入って」と指示される。

 複数の大きなカメラに撮られるのは初めてだった。だが背中が冷えるほど緊張しているのはそのせいではなく、この番組に全てが懸かっているということ、そして自分なんかに恋愛ができるのかという不安からくるものだ。
 深呼吸をしたら息が震えて出てきた。ぎゅっとキャリーケースの持ち手に力を入れて体育館の扉を開ける。

「え、俺が最初……」

 がらんと空いた広い空間に、自分の声だけが静かに吸い込まれた。バミリが貼ってある中央まで歩いて振り返る。ようやくそこでカメラに撮られている実感が湧いた。

「あー緊張する」

 リアル感を出すために、独り言など自由に発していいらしい。この様子もいつか全国に配信されるのだと思うと変な感じがする。
 本当に大丈夫なんだろうか。ちゃんと恋愛できるのか。俺を好きになってくれる人はいるのか。
 不安に押しつぶされそうになった瞬間、体育館の扉が開いた。

「あっ」

 身長が高く、高校生とは思えないほどスタイルが良い男子。近づいてきた相手に慌てて頭を下げる。

「は、はじめまして。中川春兎です」

 黒髪の王道センター分け。くっきりした奥二重とシュッとした鼻、薄い唇がバランス良く配置された顔は、韓国アイドルのような清潔感に溢れる子犬系。さらには女優さん並みの透き通った白い肌。
(かっこいい……)
 完璧すぎるビジュアルに思わず圧倒されていると、男は俺の顔を見て「えっ」と目を丸くした。

「……ん?」

 まるで知り合いにでも会ったかのような反応に戸惑う。こんなイケメン、俺の友達にはいない。誰と勘違いしたのだろう。

「す、すみません。僕は真城啓です」

「よろしくお願いします」

 差し出された手を握り返す。ふわっと石鹸のようないい匂いが香って、わけもなく心臓が速くなる。
 こんなのがライバルだなんて──と不安が強まる反面、この人とは絶対に仲良くなりたいと思った。

「啓くんめっちゃかっこいいっすね」

 お世辞じゃない。あまりにも好みド真ん中の容姿に、もはや感動すら覚えている。

「僕が? いや、春兎……さんのほうがかっこいいですよ」

「いやいや。てかみんな同い年だし、タメで話そう。名前も呼び捨てで」

「……おっけ。春兎って名前も可愛いよね」

「まー、よく言われる。漢字で兎が入ってるのたぶん珍しいから」

 話しているうちに男子メンバーが次々に入ってきた。アメリカと日本のハーフで高身長の足立シオン、笑顔が爽やかなリュウキ、肌が色黒でノリが良さそうな色黒の丸山一馬、喋りが上手い加藤朝也。 この中で一番背が低いのが自分だと分かって少し落ち込んだ。やっぱりオーディションに受かるだけあって全員イケメンだし、オーラも感じる。さらに言えば、飛び抜けて背が高いのが啓とシオン、最も低いのが俺だ。余計に自信がなくなってしまった。

「あ……来た!」

 リュウキの声に釣られて扉に目を向ける。すらっと華奢な黒髪ボブの女子が、恥ずかしそうに笑いながらキャリーケースを引いて歩いてきた。

「はじめまして〜、橋田理子です。特技はダンスです。一週間後よろしくお願いします」

 白い肌を真っ赤に染め、手で顔を扇ぐ姿が可愛らしい人だと思った。他の男子に続いて挨拶をする。

「理子ちゃんって呼んでいい?」

 朝也が明るく話しかける。
 彼女は「全然いーよ」と微笑んでから、再び開いた扉のほうを向いた。

「また来た」

 名前と顔を覚えるのに必死だったからか、そこからはあっという間に六人の女子が揃った。
 黒髪ロングヘアーの蕨ゆな、一番小柄でメイクが派手な長谷川恵美、金髪でギャルっぽい見た目の竹内まりな、物静かな原綾香、茶髪でポニーテールが印象的な山口葵。
 見た目が派手な子が多い。全員の顔を見ながら、好印象なのは蕨ゆなと橋田理子かな──とぼんやり考える。それよりも自分の隣に立っている男に目が惹かれてしまうのは、まずいんじゃないだろうか。
 なんでこんな眩しいイケメンが参加するんだと恨めしい気持ちになった。

「えっと、とりあえずみんなタメで話そ。あと名前呼びで!」

「そうだね。あ、特技を披露したい人いる?」

 真っ先にリュウキが名乗り出た。

「俺はアクロバットできます。ここでやっていいかな」

 そう言って彼は少し俺たちと距離を取った。側転をしたあと、くるっと後ろ向きに宙返りをし、体を捻ってさらに回転する。途端に女子たちが黄色い声を上げた。

「すごーい!」

 レベルの高さに驚いた。これに続いて披露したくない……と尻込む俺を他所に、今度は一馬が手を挙げる。

「俺はラップやりたいけど歌練習の時にする」

 その手があったか。ここで何かすればみんなの印象に残りやすくなるが、特技がダンスしかない俺にとってこの無音の中で踊るのはさすがにきつい。
 一馬に続いて「俺もあとにする」と言うと、他の男子も便乗した。女子の中で特技を見せてくれたのは綾香だけで、小学生の頃からバレエをやっているからと言って滑らかな開脚を披露した。
 ひとしきり自己紹介が終わったあと、スタッフが奥から声を張り上げた。

「皆さん、教室があるところに案内するので移動してください」

 全員が一斉に動き出し、それぞれ自然に同性同士がペアで横並びになった。カメラは一旦切られたようだ。

「教室で寝られるらしいよ」

「え、まじ? あがる」

 前後から聞こえてくる会話に耳を傾けながら、隣を見上げる。啓も先にこちらを見ていたのか目が合った。
 そこでまた、やっぱりかっこいい……と、うっとり顔に見入ってしまう。

「えっと、啓の特技は?」

「僕はあんまりない。強いて言えば歌かな」

「へえ。楽しみにしてる」

「春兎はダンスだよね?」

「えっ」

 なんでそのことを知っているんだろう。さっきはあとで披露すると言っただけだ。ダンスだと一言も言ってない。
 
「僕、ずっと高一の頃から春兎のSNSフォローしてるんだ。動画も毎回いいねしてるし」

「う、うそ。まじ!?」

「今朝のダンスもかっこよかった。まさかここで会えるなんて思わなかったから、ビックリしたけど」

「なんか恥ずいかも……」

 動画投稿を始めたのは高校一年生の夏。あの頃はただ知名度を上げたくて、ダンスの他にくだらない日常系の動画も載せていた。むしろそっちがメインだったのに、三年間も応援してくれている人が同じ業界にいたなんて──衝撃だ。
 理由が気になる。どう見ても俺よりすべてが優っているやつが、わざわざ見る必要はないだろう。

「僕のこと、覚えてないよな」

「……俺たち初対面じゃない?」

 こんなイケメンを見たら忘れそうにないが、過去にどこかで会ったのだろうか。
 啓は困ったように笑って、高一の時に見かけたんだと続けた。

「初めて春兎を知ったのは──」

 突然、啓の言葉を遮るようにスタッフの声が響く。

「部屋とミッションの詳細を決めます。これからカメラ回すので、皆さんは教室に入ってください。指示カードが置いてあります」

 話が途切れてしまった。残念な気持ちになりながら教室に入る。中は至って普通。ただ机と椅子が並んでいるだけだが、教壇の上に三つの四角い箱が置いてある。

「まずはこれ読む?」

 リュウキが指示カードを手に取る。

「ピンクの箱から極秘ミッションの内容、白い箱から対象の相手を引く。無事にミッションを成功できれば一ポイント獲得できる。最後に、黒い箱から同じ番号を引いた人とルームメイトになる。二人一部屋、異性と同室になる場合もあり……だって」

「え、ルームメイトが女子の場合もあんの!?」

 全体がどよめいた。たしかに異性と同じ部屋に寝る想定はしてなかった。七日間も一緒にいたら気が休まらない。ここは何としても同性を引き当てなければ。

「じゃあ、とりまこっちから引こっか」

 まりながさっそく二つの箱に手を突っ込んだ。周りのみんなが引き始めてしまって焦る。慌てて箱に近寄ると、前に立っていた啓が「どうぞ」となぜか譲ってくれた。

「あ、ありがと」

 箱の中にはそれぞれ二枚の紙しか残っていなかった。震える手で引いたあと、そっと開ける。
 『みんなの前で手を繋ぐ』『相手はゆな』
 過酷なミッションだ。他の人はどんな内容だろうと顔を上げたら、全員が微妙な顔をしていることに気が付いた。きっと同じくらい難しいミッションを与えられている。

「これ、誰が好きか錯乱させるための企画っぽいな」

 シオンが溜め息をついた。そしてカードに書いてある言葉を理子が今知ったかのように言う。

「あ、ミッション内容は誰にも言っちゃダメって書いてあるよ」

「みんなの気になる」

「私これできないかも……」

 内心、自分もそうだと呟いた。手を繋いだ経験すらないというのに、みんなの前で誰かと手を繋ぐというハードルの高いことができるのか。

「ルームメイト決めよう」

 俺は言ったそばから箱に手を入れた。今度は余り物を食わされないようにしなければと思ったからだ。後ろにいた啓に場所を譲り、少し離れる。
 『3』の文字を確認してすぐ周りを見渡した。理子と目が合うも、隣にいたゆなが同じ番号の紙を彼女に見せた。葵も朝也も違う、シオンも違う。俺のルームメイトは誰だ?

「春兎」

 とんっと肩を叩かれて振り返る。
 啓が優しげな目元に皺を作って、「同じ部屋だ」と笑った。