君が待ちわびる黄昏で

 七月になり、梅雨も明けた。
 湿り気のある雲は去って、乾いた濃い青が広がる空になった。

 あの告白からも、神社に結陽に会いに行っている。
 あくまで、友人として。
 一緒にいれば楽しいし、話も弾む。いつも通りの時間が過ぎる。
 好きという気持ちを意識さえしなければ、今まで通りだ。

(けど、俺はあの告白で、かなり自分の気持ち意識してるし、会うたびに想いが膨れ上がって、辛い)

 結陽と話せば話すほど、触れるほど、好きだと実感させられる。
 いっそ会うのをやめようと思うのに、足は今日も神社に向かう。

 いつもの場所で、スケッチブックに空の色を落とし込む結陽を、遠くから眺めた。

(結陽さんは、辛いとか、ないのかな。話し方も態度も今まで通りだし。俺とは、違うのかな)

 そう考えると悲しくなる。
 俺の姿に気が付いた結陽が、軽く手を上げた。
 
「今日の空は、夏希君好みですか?」

 指さされて、見上げる。
 如何にも夏の顔をした空は、威勢が良くて力強い。

「こういう空も好きだけど。元気すぎて疲れます。俺はもっと、空気が涼しくて冴えた空が好きです。やっぱり、秋の空がいいな」

 元気すぎる空は、俺には眩しすぎる。

「僕もです。夏空って、勢いが有り余っている感じがしますよね」
「黄昏が好きな結陽さんらしいですね」

 結陽の隣に腰掛けた。
 覗き込んだスケッチブックに描かれていた絵を見付けて、ドキリとした。

「その絵……」
「ああ、これ、夏希君です」

 一目見て、自分だとわかった。だから、驚いた。

「人物画も描くんですね」

 当然と言えば当然だ。
 空の絵だけでは画家にはなれないだろう。

「僕の専攻は風景でね。人を描くのは、あまり得意じゃなくて。でも、夏希君は描いておきたいなと思ったんです」

 言い回しが気になって、結陽を見詰める。

「だから今日は、夏希君を観ながら描いてもいいですか? スケッチだから、気楽にね?」
「わかりました。描いてください」

 それだけ言って、夏希は黙った。
 何時もなら俺の言葉を待って話す結陽が、畳みかけるように言葉を重ねる時は、聞かれたくないことがある時だ。
 あの告白の時もそうだった。
 好きなのに恋人になれない理由を、まだ聞いていない。

「夏希君は、空の写真を撮ろうと思ったりは、しないんですか?」

 絵を描きながら、結陽が問い掛けた。

「写真、ですか」
「僕が空の絵を描くように、別の媒体に写したいと思ったりしないのかなって」
「あまり、思いません。肉眼で見た景色と写真は別物というか。残すのが好きなわけではないから」

 実際に目にした景色と写真は、同じ場所というだけで映り方が全く違う。
 スマホの写真に何度、落胆したか知れない。だから、写真を撮るのはやめた。
 その瞬間を自分の目で見て楽しみたい。記憶の中に刻み込んでおきたい。
 俺にとって、空はそういう趣味だ。

「絵は?」

 とても短い問い掛けだ。
 好きかどうかを聞いているのか、空を絵に映す結陽の行為をどう思うのか。
 色んな問いに聴こえる。
 
(結陽さんは、そういうトコが時々、狡い。多分、怖いんだろうな)

 自分の純粋な想いや疑問に対するストレートな返答が怖い。
 だから誤魔化したり言わせなかったりするんだろう。
 それがわかってきて、最近はちょっとイラっとする。

(そんな風に逃げるのが、結陽さんの癖なんだ。今まで、そうやって生きてきたんだろうな)

 否定する気も、咎める気もない。
 そういう逃げ方も、生きていれば必要だ。
 ただ、そんな風に逃げる結陽が、今の夏希には身勝手に映る。
 子供っぽい我儘や拗ねだと思った。

「結陽さんが描く、空の絵が好きです。今まで絵画って意識したことなかったから、他はわかりません」
「そっか。夏希君に好きって言ってもらえるのは、嬉しいですね」

 結陽が本当に嬉しそうに笑う。

(好きって言われて嬉しいなら、どうして……)

 聞きたい疑問を必死で耐える。
 結陽は最近、俺に対して敬語を忘れる。敬語もまた、人との距離を保つための結陽の武器なのだと、気が付いた。

(それくらい意識して、俺との距離を縮めないように気を付けてるんだよな、きっと)

 うっかりタメ口になる自分を律して、俺に対してわざと敬語を使っている。
 身近に気安く感じる気持ちも、好きだと思う気持ちも抑えて遠ざける理由がわからない。
 だから、ちょっとだけ意地悪したくなった。

「ねぇ、結陽さん。敬語やめてっていったら、やめてくれる?」

 自分も敬語をやめて問い掛けた。
 結陽がスケッチブックから顔を上げた。

「友達として、もっと仲良くなりたいからさ」

 敢えて友達を強調した話し方をした。
 
「……ん、わかった。努力してみるよ。けど、僕にとって敬語はデフォだから、うっかり出ちゃうこともあると思うけど」

 ちょっと困った顔で笑んだ。結陽的に、本意ではないのだろう。

「それに、次に夏希君に会えるのはきっと、君が好きな空の頃になりそうだから、戻っていたら、ごめんね」
「は? 秋まで会えないってこと?」

 突然、飛び出した爆弾発言に、思わず身を乗り出した。