君が待ちわびる黄昏で

 冷え切った体は風呂でポカポカに温まった。
 体を冷やさないようにと、靴下とブランケットまで掛けられて、めちゃめちゃ温められた。
 今は、ホットココアを飲んでいる。

(お風呂出たばかりで熱いけど、甘いの、美味しい)

 温かさと甘さが体に沁み込んで、気持ちもかなり落ち着いた。
 改めて部屋の中を見渡す。じろじろ見るのはお行儀が悪いかと思い、ちらちら眺める。
 学生の一人暮らしにしては部屋数も多いし、広いアパートだ。
 お風呂も広かった。

(実家がお金持ち、とか? 意外でもない。結陽さん、何となくお上品な雰囲気だし)

 大企業の御子息ですと言われれば、なるほどと納得する。
 
「夏希君、親御さん、大丈夫ですか?」

 キッチンから結陽が、ひょこっと顔を出した。
 ビクリと肩が上がって、結陽を振り返った。

「あ、はい! ……友達の家に泊まるって話しました。熊野神社の近くのアパートって伝えちゃったけど、大丈夫ですか?」
「夏希君のご家族に僕の家が知れても、何の問題もありません。明日が祝日で良かったですね」

 制服もまだ乾かないし、雨はやまないし、雷も鳴っている。ということで、今日は結陽のアパートに泊めてもらうことになった。
 明日は祝日で学校が休みだから、親も許してくれた。

「それじゃ、ご飯にしましょうか。簡単なものしか作れませんが」

 結陽が用意してくれたのは、チャーハンとワンタンスープだった。
 具だくさんのチャーハンも野菜たっぷりワンタンスープも、普通以上に美味しそうだ。

「美味しそう……、ありがとうございます。いただきます」

 お腹も空いていたが、何より美味しくて、がっついた。
 モリモリ食べていたら、ニコニコ顔の結陽と目が合った。
 恥ずかしくなって視線を返す。

「ふふ、ごめんね。美味しそうに食べてくれるの、嬉しいなと思って。味付け、薄くないですか?」

 そういえば、結陽は関西圏の人だった。
 関東より料理は薄味なのかもしれない。

「薄いとは思わないです。美味しいです。美味しくて、がっついちゃった」

 恥ずかしいが、結陽が嬉しそうに笑うので、良いことにした。

「それで、どうして、びしょ濡れだったんです? 何か、ありましたか?」

 食事をしながらさりげなく聞かれて、食べる手が止まった。

「話したくなければ、話さなくてもいいですよ。ただ、話を聞いて夏希君が楽になるのならと、思っただけですから」

 結陽の優しさが沁みる。
 沁み込んで、辛くなる。

(何から話せばいいのかも、わかんないけど。結陽さんに俺の気持ち話したら、結陽さんは、どう思うんだろう)

 男に好きだと言われて、引かないだろうか。
 気持ち悪いと思われないだろうか。

 俯いたまま、スプーンを置いた。

「……今日、高校の同級生に、告られて」

 話し始めると、結陽も箸を置いた。

「突然、キス、されて、ビックリして。それで俺、逃げちゃって」

 こうして振り返ると、我ながら最低だと気が付いた。
 あの場に健太を残して、俺は走り去った。

(しかも俺、健太に、酷い言葉、言った)

 健太だってきっと、勇気を振り絞って告白してくれたはずだ。

(ダメも無理も男同士が無理とかじゃなくて、結陽さんじゃなきゃ嫌だって意味の無理だったけど、そうは思わないよな)

 健太の言葉もセクシャリティも、全部を否定したように聞こえたかもしれない。

「そいつは何時も、俺を誘ってくるヤツで、ウザくて断り続けてて。だけど、俺。絶対に言っちゃいけない言葉を、言ったと思う」

 鬱陶しいとは思うが、健太が嫌いなわけではない。
 全否定したかったわけでも、傷付けたかったわけでもない。

(ちゃんと、謝らなきゃ)

 その謝罪は、もしかしたら自己満足でしかないかもしれない。
 それでも、健太にちゃんと謝りたかった。

「夏希君、変な質問しても、いいですか?」
「変て……、何ですか?」
「告白してくれた相手は、男? 女?」

 俯いていた顔を上げる。
 結陽の表情を見て、大丈夫だと感じた。

「男、です。中学からの同級生が、俺のコト好きだって」
「キスされたんだよね? もしかして、ファーストキス?」

 指摘されて、気が付いた。

(初めてだ、初めてだった! 俺のファーストキス、健太になるの?)

 愕然として、自分の唇に触れる。
 結陽の手が伸びて来て、顎を掴まれた。

「え? 結陽さ……ん」

 柔らかい唇が重なって、押し付けられた。
 何度か唇を食まれて、名残惜し気に離れる。

「男の子だったから、嫌だった? それとも他に、ファーストキスをあげたい人が、いた?」
「……あ、えっと……」

 どうして今、結陽にキスされたのか、わからなくて、軽く混乱した。

「男だから嫌ってのは、なくて。俺がファーストキスあげたかったのは、結陽さんで。あげたかったというか、最初は結陽さんが良いって、思って」

 考えていたことが勝手に口から零れ落ちた。

「健太にキスされて、結陽さんのこと好きだって、初めて気が付いて、会いたくて、走って。でも土砂降りで、今日木曜日だし、会えるわけないけど、気が付いたら神社に行っていて」

 結陽が、ずっと俺の唇を指で撫でている。
 その手つきがやけに色っぽくて擽ったい。

「それで、びしょ濡れか。夏希君のファーストキス、僕が欲しかったです」

 唇を撫でていた手が頬を伝う。
 触れられた皮膚が、ぞわりと痺れる。

「今日、僕が神社にいた理由はね。夏希君に会えたらいいなと思ったからです」
「俺に? だって、今日は雨で、木曜日なのに」

 火曜と金曜の晴れた日にしか絵を描きに来ない結陽なのに。

「あの辺の道は、夏希君の通学路でしょ? 本当は毎日、何となく通ったりしていて。偶然、会えたりしないかなって。女々しいですね」

 結陽が照れた顔で笑う。
 かっと顔が熱くなった。

(それって、結陽さんも俺に会いたいって思ってくれていたということで、それはつまり、結陽さんも俺のこと、好き、なのかな)

 心臓が鼓動を速くして、ドキドキとうるさい。
 
「結陽さん、俺……結陽さんが、好き、です。結陽さんは、俺のこと、どう想ってますか?」

 心臓がうるさすぎて、聞かずにはいられなかった。
 結陽の腕が伸びて、胸に抱かれた。

「夏希君が好き。君より好きになれる子には、きっと出会えない。そう思うくらい、好きだよ」

 結陽の口から飛び出した言葉に、心臓が大きく跳ねた。
 顔を上げたら唇が降りてきた。
 温もりが重なる。

「だけど、ごめん。夏希君の気持ちには、応えられない。僕は、君の恋人には、なれないんだ」
「え……、どうして?」

 真逆の告白に、また頭が混乱した。
 混乱しすぎて鼓動が追い付かない。
 ずっとドキドキしたままだ。

「応えられないから、今まで好きって言わなかったんだ。話を聞いたら、我慢できなくて伝えてしまったけど。これからも僕と、お友達でいれくれませんか?」

 結陽が、いつもの顔で笑んだ。
 その笑みがあまりにいつも通りで、恋人にはなれないのだと思い知らされたようだった。