君が待ちわびる黄昏で

 梅雨になり、雨の日が増えた。
 灰色の重い雲が連なって、空を隠している。
 雨の日は、結陽は絵を描きに来ないので、帰り道、神社に寄らない。

「もう二週間、会ってないかも」

 約束をしている訳ではないし、詳細な予定を聞いている訳ではない。
 何より、結陽と連絡先を交換していない。

(梅雨に入る前に聞いておけばよかった。何となく、タイミング逃しちゃったんだよな)

 教室の窓から外を眺めながら、ぼんやりと後悔していた。

「夏希~、今日の放課後、暇だろ? ちょっと付き合えよ」

 隣の席の東野健太が無遠慮に声をかけてきた。

「悪いけど、今日は帰るよ」
「今日も、だろ。マジで付き合い悪ぃな、お前」

 付き合いたい相手なら自分から会いに行く。
 結陽の顔を思い浮かべながら、ぼんやり思った。

(カースト上位とやらの陽キャ代表が、俺なんかに構う意味もないだろうに。同中(おなちゅう)だからって情なのか? 迷惑だな)

 健太とは地元が一緒で、同じ中学出身だ。
 中学時代はそこそこに付き合いもあったが、自分の好きなことを押し付けるだけの健太に嫌気がさして自分から離れた。
 高校まで同じになって、挙句、一年では別だったクラスまで二年になったら同じになった。
 縁があるなんて思われるのは迷惑だ。
 
「今日は雨だから、用事ねぇんじゃねぇの?」

 健太の言葉に、思わず振り返った。

「……は? なんで、雨だと俺に用事がないとか、思うんだよ」

 健太に結陽の話なんかしていない。
 ここ最近は、誘いを断る会話以外、していないはずだ。

「晴れの日はお前、やけに帰るの早ぇし。特に火曜と金曜は大事な用事なのかと思って、誘わなかったんだぜ。今日は木曜だし雨だろ。たまには俺に付き合えよ」

 背筋が寒くなるのを感じた。
 何も話していないのに、これだけ把握しているのは、健太が俺を観察している証拠だ。
 単純に怖くなった。

「木曜だろうと金曜だろうと、普通に帰る。もう二度と俺を誘うな。カースト上位の陽キャに同情で構ってもらっても、嬉しくねぇよ」

 乱暴にバッグを掴むと、勢いよく立ち上がった。
 そのまま教室を出た。

「待てって、夏希!」

 健太が後を追ってくる。
 鬱陶しいどころか、本気で怖い。

「友達だから誘ってんだ。同情で構ってるわけじゃねぇよ。俺はカーストとかどうでもいいし、お前を陰キャとも思ってねぇよ!」

 健太が俺の腕を掴んで引き寄せた。
 勢いで、後ろを振り返った。

「何で俺の行動、把握してんだよ。お前に何も話してねぇのに。キモいよ、お前」

 健太の顔が、びくりと強張った。
 しまったと思った。

(キモいのは確かだけど、ちょっと言い過ぎた)

 健太が顔をひきつらせたまま、俯いた。

「俺はキモくて、あの絵描きは良いのかよ」

 聞こえるか聞こえないかの小さな呟きに、今度は俺の顔が引き攣った。

「お前が火曜と金曜、忙しいのは、熊野神社の境内であの男に会ってるからだろ」
「なんで、知って……。まさか、付けてきた?」
「偶然だよ。俺だって降りる駅、同じだし、家だって近いんだ。神社の前、通りかかって、偶然、見かけて」

 地元が同じだから、健太の家は近いし、降りる駅も同じだ。
 勿論、帰路も被る訳で、神社周辺は俺と同じように通学路だ。偶然見かけたと言われれば、可能性は否定できない。

「俺の誘い、散々断ってたのは、アイツに会うためなんだろ」
「俺が、どこで、誰と会っていようと、勝手だろ」

 健太の腕を振り解こうとするも、全然放してくれない。

「夏希はああいうのが、いいのかよ。昔から知ってる俺より、突然現れた知らねぇ男を選ぶのかよ」
「さっきから、何言ってんだよ。俺はただ、好きな趣味の話しできる人、見付けただけで……」

 健太が腕を引いた。
 空き教室の扉を開けて中に入ると、壁に押し付けられた。

「やめっ……、お前、さっきから、変……え?」

 健太の顔が近付いて、唇に何かが触れた。
 自分の唇と健太の唇が触れたのだと気が付くまでに、数秒かかった。

(何で、俺、コイツにキスされてんだ……)

 何もかもわからな過ぎて、頭が真っ白になった。

「お前が言う通り、俺はキメぇよ。ずっと好きだったし、今も夏希が好きだよ! 誰にも取られないなら、内緒にだってできたのに。お前が他の男といるの見たら、そのままになんか、出来るかよ!」

 健太が何を言っているのか、わからなかった。
 ただ、目の前で辛そうに顔を歪める健太だけが、わかった。
 さっきとは違う怖さが、心の奥から湧き上がった。

「ダメだ、俺……、無理だ。ごめん」

 健太の手から力が抜けた。
 とにかくこの場から逃げたくて、バッグを抱いて走った。
 小雨だった外は、土砂降りの雨に変わっていた。