君が待ちわびる黄昏で

 結陽がクスリと笑んだ。

「やっぱり夏希君は良いなぁ。空の話をする時の夏希君の言葉のチョイスが、僕は好きです」
「言葉のチョイス、ですか。語彙力ないと思いますけど」

 言葉のレパートリーも表現力も感性も、人並み以下だと思う。

「夏希君は感性が豊かだし、表現力もありますよ。語彙力は、わからないけど」

 結陽の上げて下げる褒めに、微妙な気持ちになる。

「僕が端っこと表現した空を、夏希君は空の向こう、っていうんだなって思って。その先にまで繋がっていそうで、凄く好きです」
「今のは、たまたまというか、何となく思っただけで」

 特に狙って表現したわけでではない。
 聞いた話から想像した空を言葉にしてみただけだ。

(そんなさりげない言葉にまで気が付いてくれる結陽さんのほうが、ずっと凄い。流石、芸術家だ)

 結陽が楽しそうに話を続ける。

「前に、朝と夕暮れのグラデーションの空って話をしてくれたでしょ? あの表現が、大好きです」
「朝と夕暮れ……。ああ、夜明け前の暗い空がどんどん白くなって、人が動き出す頃に水色になるって話ですか?」
「そう、それ。夜明け前の空は黒じゃなくて、暗い灰色で、白くなるのはあっという間。水色になる頃には空は白かった頃を忘れているみたいに別の顔になるって」
「そんな話、しましたね……」

 恥ずかしくなって、ちょっと俯いた。

「あの時間帯の灰色や白い空は、静かだから好きなんです。水色になると、生き物が動き出して生気が満ちる気がして」

 俺としては、生気に中てられて、ちょっと怠い。
 
「だから朝は怠いんだって言ってましたよね。あの話、とても面白かったし、表現が綺麗で。詩を聴いているみたいでした」
「そんな、大層なものでは」

 褒められすぎて、どんな顔をすればいいのか、わからない。

「けど僕は、夏希君の夕暮れの表現が一番好きです。一日の終わりが近付いて、水色の空を茜が染め上げる。その上から夜の群青が降りて来て三層のコントラストを作る。そのグラデーションは一瞬で、なかなか見られない。夜の濃い群青が、短い黄昏の茜と終わった昼の水色を、あっという間に飲み込んでしまうから」

 結陽が語った夕暮れのグラデーションの話は、自分が一番好きな、空の一瞬だ。
 
「夏希君のあの話が好きで、スマホのメモに書き留めたんですよ」
「そんなにですか?」

 結陽が得意げにスマホを見せてくれた。

「まるで夜が黄昏と昼を喰っているみたい。怖いと思う時もあるし、安心する時もあるから、夜の空は不思議だと思う」

 結陽がスマホのメモを読み上げる。
 顔が熱くて、恥ずかしい。なのに、ドキドキして、嬉しい。
 自分が話した言葉を大切にしてくれる結陽が、嬉しくて堪らない。

「ありがとう、ございます」
「僕のほうこそ、ありがとうです。夏希君からは色んなものを貰ってます」
「あげられている気がしないんですが……」

 むしろ俺のほうがたくさん、貰っている。
 空の新しい楽しみ方も、結陽の絵から知った。一緒にいるだけで、心が満ちる。

「充分、貰ってますよ。夏希君が和歌山の空を見たら、どんなふうに表現するのかな。とても興味があります」

 結陽が楽しそうに語る。
 それは、俺も興味があった。
 
「和歌山の空の絵は、描かなかったんですか?」

 何気ない問いかけに、結陽が俯いた。

「そう……ですね、描かなかったですね。あの頃の僕は下ばかり見ていて、自分の頭の上に空が広がっているって、忘れていたから」

 結陽の顔が辛そうに見えた。
 聞いてはいけない質問だったと、ちょっと慌てた。

「けど今は、空を見上げるのが好きです。夏希君に出会って、空が一層好きになりました。夏希君と一緒に見る空が、とても好きですよ」

 ほんの少しの切なさを残したまま、結陽が笑った。

「俺も、結陽さんと一緒に見る空が、一人で見るよりずっと好きです」

 小さな声で言った本音はやっぱり照れを纏っていた。

「上ばっかり見上げていると、首が痛くなって疲れるでしょ。だからね」
「え? うわ!」

 結陽に腕を引っ張られて、石畳にゴロンと寝転がった。
 
「こうやって寝転がって眺めると、空が高く見えませんか? 見上げるより広くて、じっくり見ていられます」
「確かに、その通りだけど」

 高校生になって、地面に寝転がって空を見上げるのは、流石に恥ずかしい。
 しかし、隣の結陽は楽しそうだ。そういえば、前にもこんなことがあった。
 だから、二人でなら、いい気がした。

「結陽さんと二人でなら、寝転がってじっくり空を見るの、楽しいです」
「でしょ? 僕も、夏希君としか、こんな風にはしませんよ」

 隣に寝転がる結陽にドキドキした。
 
(きっと深い意味なんかない。空が好きな者同士でよく観察できる姿勢になっているだけだ)

 わかっているのに、右手が結陽の手を握りたくて、彷徨っていた。