秋晴れの空は雲一つなく、今日も水色に澄んで、高い。
この空を透明と表現したくなるのは、何故だろう。
もうすぐ茜がじんわりと空に滲んで、夕暮れが世界を染める。
そんな刻限に、夏希は熊野神社の境内にいた。
大学の夏休みは高校より長くて、時間を持て余すかと思ったが、そんな事態にはならなかった。
この一年と七カ月、勉強しながら結陽に毎日、日本の空を書いて送った。
たった一行の日もあれば、文字数が多すぎて添付データで送る日もあったり。
それらの話を纏めていたら、時間はあっという間に過ぎた。
それなりに勉強していた過去の自分のお陰で、受験は然程大変でもなかった。
家から通える範囲に、文理融合の環境科学を学べる大学があったから、そこに進学を決めた。
同じ大学に経営学部があったからか、健太も同じ大学に進学した。
キャンパスが同じだから、顔を合わせる機会も多い。
同じサークルに入れとしつこく誘ってくるあたりが、如何にも健太だ。
ちょっとうんざりするが、健太とはきっと、ずっとそんな友達なんだろうと思った。
結陽に預かった鍵で部屋の換気に行くのは、夏希の習慣になった。
大好きな匂いが残る部屋に家主はいないから、逆に寂しい気持ちが込み上げる。
けれど、やっぱり結陽の残り香が恋しくて、月に一度は部屋の窓を開けに行った。
ロンドンに旅立った結陽とは、ほぼ毎日連絡を取っていた。
時々、ロンドンの空や夏希が送った空の話を絵に描いて送ってくれた。
宝物というフォルダを作って、大事に保存してある。
(だから、あんまり離れている気がしなかったけど)
もしかしたら短くなるかもという話だった結陽の留学は、逆に期間が伸びた。
後半の半年は学業より仕事と話していたが、忙しくなったらしい。
画家としては喜ばしいのだろう。
(けど、結陽さんの描く空が、狭くなったのが、気になる)
スマホのフォルダを探る。
この数か月間に結陽が送ってくれた絵は、どこか寂しくて、空が狭く感じた。
絵が届く頻度も減って、この二ヶ月は全くだ。
連絡も一週間に一度、送られてくれば多いくらいだった。
(いつ頃、帰ってくるんだろう。元気かな。病気とか、してないよね)
帰国の具体的な話は、全く聞いていない。
大きな仕事が纏まれば帰れる、程度だ。
連絡が減ると、急に遠くに感じて、改めて近くにいないのだと実感する。
見上げる空が、あまりにも遠い。
「空は繋がってるとかいうけど。繋がっているだろうけど、だからって会えるわけじゃない」
陽が落ちかかった空は、すっかり朱色に染まって、昼が夕暮れに空を明け渡した。
もうすぐ薄暮がやって来て、夜が我が物顔で空を占拠する。
そうやって、今日が明日に流れていく。
「また、結陽さんがいない明日がきちゃうな」
夏希は、初めて結陽と出会った日を思い出していた。
薄暗がりで、見えているのかもわからないスケッチブックに一心不乱に絵具を伸ばす背中。
神社にはあまりにも不似合いで、幽霊かと思った。
黄昏に伸びる影は真っ黒よりも淡い灰色で、それが余計に幽霊っぽさを増していた。
「結陽さんはあの時、息をしてたんだ」
絵を描くのは息を吸うのと変わらないと結陽は話した。
だとしたら、あの時の結陽は、必死に息を吸っていた。
(嫌いを嫌いのままにしないために、苦手を払拭するために。絵を描き続けるために)
もしかしたら、あの時の結陽は、描けなくなる自分を恐れていたのかもしれないと、夏希は思った。
普段はおっとりしているのに突然、大胆で極端な発想と行動に出るのは、そういう恐怖と戦っている時なのかもしれない。
陽が暮れて、太陽が完全に姿を隠した。
太陽が完全に隠れても、すぐに暗くなるわけではない。しばらくの間、薄暗がりの夕暮れは続く。
黄昏が終わりに近づく時間だ。
夏希は自分の影を眺めた。
淡い灰色だった影が、少しずつ濃くなり始める。
この空を透明と表現したくなるのは、何故だろう。
もうすぐ茜がじんわりと空に滲んで、夕暮れが世界を染める。
そんな刻限に、夏希は熊野神社の境内にいた。
大学の夏休みは高校より長くて、時間を持て余すかと思ったが、そんな事態にはならなかった。
この一年と七カ月、勉強しながら結陽に毎日、日本の空を書いて送った。
たった一行の日もあれば、文字数が多すぎて添付データで送る日もあったり。
それらの話を纏めていたら、時間はあっという間に過ぎた。
それなりに勉強していた過去の自分のお陰で、受験は然程大変でもなかった。
家から通える範囲に、文理融合の環境科学を学べる大学があったから、そこに進学を決めた。
同じ大学に経営学部があったからか、健太も同じ大学に進学した。
キャンパスが同じだから、顔を合わせる機会も多い。
同じサークルに入れとしつこく誘ってくるあたりが、如何にも健太だ。
ちょっとうんざりするが、健太とはきっと、ずっとそんな友達なんだろうと思った。
結陽に預かった鍵で部屋の換気に行くのは、夏希の習慣になった。
大好きな匂いが残る部屋に家主はいないから、逆に寂しい気持ちが込み上げる。
けれど、やっぱり結陽の残り香が恋しくて、月に一度は部屋の窓を開けに行った。
ロンドンに旅立った結陽とは、ほぼ毎日連絡を取っていた。
時々、ロンドンの空や夏希が送った空の話を絵に描いて送ってくれた。
宝物というフォルダを作って、大事に保存してある。
(だから、あんまり離れている気がしなかったけど)
もしかしたら短くなるかもという話だった結陽の留学は、逆に期間が伸びた。
後半の半年は学業より仕事と話していたが、忙しくなったらしい。
画家としては喜ばしいのだろう。
(けど、結陽さんの描く空が、狭くなったのが、気になる)
スマホのフォルダを探る。
この数か月間に結陽が送ってくれた絵は、どこか寂しくて、空が狭く感じた。
絵が届く頻度も減って、この二ヶ月は全くだ。
連絡も一週間に一度、送られてくれば多いくらいだった。
(いつ頃、帰ってくるんだろう。元気かな。病気とか、してないよね)
帰国の具体的な話は、全く聞いていない。
大きな仕事が纏まれば帰れる、程度だ。
連絡が減ると、急に遠くに感じて、改めて近くにいないのだと実感する。
見上げる空が、あまりにも遠い。
「空は繋がってるとかいうけど。繋がっているだろうけど、だからって会えるわけじゃない」
陽が落ちかかった空は、すっかり朱色に染まって、昼が夕暮れに空を明け渡した。
もうすぐ薄暮がやって来て、夜が我が物顔で空を占拠する。
そうやって、今日が明日に流れていく。
「また、結陽さんがいない明日がきちゃうな」
夏希は、初めて結陽と出会った日を思い出していた。
薄暗がりで、見えているのかもわからないスケッチブックに一心不乱に絵具を伸ばす背中。
神社にはあまりにも不似合いで、幽霊かと思った。
黄昏に伸びる影は真っ黒よりも淡い灰色で、それが余計に幽霊っぽさを増していた。
「結陽さんはあの時、息をしてたんだ」
絵を描くのは息を吸うのと変わらないと結陽は話した。
だとしたら、あの時の結陽は、必死に息を吸っていた。
(嫌いを嫌いのままにしないために、苦手を払拭するために。絵を描き続けるために)
もしかしたら、あの時の結陽は、描けなくなる自分を恐れていたのかもしれないと、夏希は思った。
普段はおっとりしているのに突然、大胆で極端な発想と行動に出るのは、そういう恐怖と戦っている時なのかもしれない。
陽が暮れて、太陽が完全に姿を隠した。
太陽が完全に隠れても、すぐに暗くなるわけではない。しばらくの間、薄暗がりの夕暮れは続く。
黄昏が終わりに近づく時間だ。
夏希は自分の影を眺めた。
淡い灰色だった影が、少しずつ濃くなり始める。



