君が待ちわびる黄昏で

 本はほとんど仕上がった。
 明日、最終確認をして発注すれば、再来週には届くらしい。
 結陽の出発日には、間に合いそうだ。

「建優さんがいてくれて、本当に良かった。俺一人じゃ、絶対に無理だった」

 大学の廊下を歩きながら、夏希は安堵の息を吐いた。
 一人で作ろうなんて軽い思い付きは、とんでもなかったと、今なら思う。

「こういう時しか兄貴の使い道なんかねぇんだから、使ってやれ」

 健太がちょっとだけ、ぷんすこしている。
 さっきの言い合いで機嫌を損ねたらしい。

「とっても助かったから、あとでお礼するよ」
「いーんだよ。夏希を利用した罪滅ぼしさせてるだけなんだから、気にすんな」
「そういうわけにはいかないよ。健太にも、ちゃんとお礼するから」
「……そうかよ」

 健太が素直に受け入れた。
 可笑しくなって、夏希は小さく笑った。
 そんな話をしながら歩いていたら、目の前に結陽がいた。
 驚きすぎて、足が棒のように動かなくなった。

(え? なんで結陽さんが、こんなところに。あ、そっか。ここ大学だから、いてもおかしくないのか)

 同じように驚いたらしい健太も、夏希と一緒になって固まっている。

「えっと……夏希君? なんで、大学に? 課外学習は?」

 そういえば、そんな言い訳をしていたと思い出し、余計に何も言えなくなった。

「今日は俺の付き合いで、兄貴んトコにお遣いに来ただけ。俺が付き合わせただけ。たまには友達付き合い、したっていいだろ」

 健太が夏希の肩に腕を回した。
 いつもの健太より、ちょっとぎこちないから、動揺しているんだろう。
 しかし、立ち直りは夏希より早い。
「な?」と、健太に同意を求められて、夏希は激しく頷いた。

「そっか、お遣いか。大学で夏希君を見るなんて思ってなかったから、ビックリした」

 夏希も相当にびっくりした。
 びっくりしすぎて、言葉が出てこない。

「ちなみに、明日は……」
「明日も、お遣い! 大事な用事だから夏希がいねぇと困んの! 週末には会えるよな? な?」

 結陽の問いかけを食い気味に、健太が答えた。
 健太が必死にフォローしてくれている。
 夏希は何度も頷いた。

「週末には、また遊びに行くから。それまでちょっと、忙しい、かも」
「うん、わかった。僕だって、友達との付き合いを奪う気はないよ。週末、会おうね」

 夏希の言い訳に、結陽が素直に頷いた。
 結陽が手を振って去っていった。
 
「なんか、思ったより、あっさりだったな」

 健太が拍子抜けした様子で結陽の後姿を見送った。

「確かに、あっさりだった。でも、バレなくて良かった」

 色々と深く詮索されたら、言い逃れる自信がない。そういう意味では、安心した。
 それに、健太といても怒っている様子ではなかった。
 通っている先が建優の部屋だからかもしれない。
 
「健太の機転のお陰だよ。助かった」

 隣で健太が微妙な顔をしていた。

「どうしたの?」
「いや、なんか、変な予感がする」
「変な予感?」
「うん、別に悪くねぇとは、思うけど」

 煮え切らない健太の言葉を不思議に思いながら、首を傾げる。

「それより、今のうちに逃げるぞ。また会ったら、今度こそ言訳できねぇから」
「そうだね、帰ろう」

 こんな状況なのに、健太の「逃げる」という言葉が、ちょっと可笑しかった。
 健太に急かされて、夏希は足早に大学の校舎を後にした。