君が待ちわびる黄昏で

 学校が終わってすぐ、健太と夏希は美大に向かった。

「健太の家じゃないんだね」
「なんか、大学のほうが設備的に良いって兄貴が言ってる」

 作りたい本について健太に簡単に説明したら、それを建優に伝えてくれた。
 指定されたB棟に向かう。
 大学だと、うっかり結陽に見つかる懸念がある。夏希は何となく健太の陰に隠れた。
 二階の突き当りの部屋で、健太が足を止めた。

「B棟二階の222教室、ここか?」

 健太がスマホを確認しながらノックする。
 ドアが開いて、建優が顔を見せた。

「二人とも早く入って」

 建優が健太と夏希の腕を引いて、引っ張り込んだ。

「茅野のアトリエは隣の棟だけど、敷地内だから見つかるかもしれないしね。夏希君は、茅野に内緒で作りたいでしょ?」

 建優の問い掛けに、夏希は頷いた。

「じゃぁ、早速始めよっか。茅野の出発日に間に合わせるならギリギリだから、急ぐよ。とりあえず、具体的にどんな本を作りたいの?」
「えっと、俺が今まで書き溜めた、空の話を纏めて本にして、結陽さんに渡したくて……」

 夏希はスマホに書き溜めた文章を建優に見せた。
 スマホを受け取り、さらさらと文章を流し読みした建優が苦笑した。

「夏希君、これ、いつから書いてる?」
「書き始めたのは、去年の秋頃だけど。結陽さんと話した内容を文章にしただけっていうか。最近は、新しいのもあるけど」

 恥ずかしくて、ごにょごにょと口の中で話す。

「茅野の夏の個展、ほとんどが夏希君と話した空だったんだね。何となく、そうだろうと思ってたけど」

 言い当てられて、恥ずかしさが突き抜けた。
 顔が熱くて、夏希は俯いた。

「だったらさ、面白い作り方、出来るよ。学内の会報誌用に、茅野の作品一覧をちょうど借りてたんだ」

 建優がパソコンのフォルダを開いた。
 結陽の絵がデータで保存されていた。

「営利目的では使えないけど、非売品なら使用許可を貰ってる。というか、茅野と夏希君しか見ない本に使うなら、ありでしょ」
「本に、結陽さんの絵を入れられるんですか?」

 建優が別の画面を開いた。
 印刷所の作品紹介ページのようだ。

「文章の前か後ろに絵をセットで挿入したら、素敵じゃない? こんな風に」

 建優が、サンプル画像を見せてくれた。
 文章の合間にフルカラーで挿絵を挿入できる。
 夏希の気持ちが高揚した。

「で、やっぱり表紙絵は、これかな」

 結陽の作品一覧から、建優が一枚の絵をクリックした。
 夏の個展で目玉になっていた大判の絵だ。

「他の絵でもいいけど」
「これが、良いです。これにします」

 自分が描かれていると思うと恥ずかしいが、この絵は夏希にとっても特別だ。

(結陽さんと俺の好きな青空と黄昏が描かれた絵だから。表紙は、これしかない)

 夏希の表情を眺めて、建優がニコリと笑んだ。

「じゃ、決まりだね。文章データ、エアドロで俺にちょうだい。パソコンのほうが楽だから、ここで俺と一緒に作ろう」
「どれくらいで、出来ますか? というか、俺でも、出来ますか? 結陽さんの出発日に、間に合うでしょうか」
 
 正直、何もわからな過ぎて見当がつかない。

「今からなら間に合うと思うよ。俺が教えながら作るから、夏希君でも全然できる。原稿は既にあるから、装丁を作るだけだしね。夏希君に指導しながらって考えても……、放課後の数時間て考えると三日もあればできるかな。俺が作れば一日で、できるけど」

 夏希はフルフルと首を振った。

「建優さんに作って貰っちゃったら、俺が作ったって言えないから。なるべく自分で作りたいです」

 既にかなりのアドバイスをもらっているから、一人で作ったことにはならないが。
 せめて、出来る所は自分で作りたい。

「だよね。じゃ、しばらくはネコ部の部室に通ってもらおうかな」
「ネコ部?」
「そう、ネコ部。ひたすら猫を愛でるだけの部活。部員はいっぱいいるけど、ほとんど俺しか活動してないから、他に誰も来ないよ」

 幽霊部員がいっぱいいるということなんだろうか。
 普段から建優が個人使用している部室なのだろうと思った。

「よろしくお願いします」

 夏希は、ぺこりと頭を下げた。
 この日から、結陽に内緒の本作成が始まった。