君が待ちわびる黄昏で

 貰った絵画を持ち帰り、部屋に飾ってみた。
 ひとつずつのサイズは絵としては小さいが、二枚並べると中々の大きさだ。
 夏希は、じっくりと絵に見入った。

 灰色がかった暗くて濃い群青を白い空が食い上げる。その下に広がる水色の空からは、朝の喧騒が聴こえてきそうだ。
 夜明けとは違う、星が小さく瞬く明るい群青が、昼の元気な水色を喰った茜を飲む混む夕暮れが美しい。
 どちらも夏希が好きな、特別な空だ。
 結陽は、夕暮れの空は見られなかったと話していた。

(これだけの絵を、俺の話を聞いただけで、結陽さんは描けちゃうんだ)

 そっちのほうがよっぽど凄い才能だと思う。

(俺の言葉が凄いんじゃなくて、読み取って想像する力がある結陽さんが凄いんだと思うけど)

 頭の中の景色をアウトプットできる実力も、流石天才画家だ。
 枕を抱いて、夏希はコロンとベッドに転がった。

「でも、結陽さんは、俺をいっぱい褒めてくれる」

 夏希でなければダメだと言ってくれる。
 くすぐったくて、嬉しい。
 胸がキュンキュンして、夏希はベッドで悶えながらゴロゴロした。

「俺も何か、お返ししたいな」

 呟いて、スマホを手に取った。
 今のところ、夏希が返せるものは書き溜めた空の話を送ることくらいだ。

(俺も、形に残る物、作りたい。本にしてみようかな)

 前に図書委員で、自作で本を作れるサイトがあると聞いたのを思い出した。
 思い付くワードで検索をかけてみる。

(確か、同人誌とか作る感じで、一冊からでも作れるのがあるって)

 検索してみたら、割とあっさり見つかった。
 
「このサイトなら、スマホでも作れる。やってみようかな」

 とは思うものの、もう一月上旬だ。
 二月二日には、結陽はロンドンに旅立つ。

(間に合うか、わからないけど。迷ってたらそれだけ遅くなる)

 夏希はサイトを熟読し、早速作業に取り掛かった、のだが。
 意気込んで始めてみたものの、わからないことが多すぎて早々に詰んだ。

(表紙って、どうやって作るの? PDFは……スマホでできるの? 二段て、何? 奥付とは?)

 三学期が始まったから、家でゆっくりなんてわけにもいかない。

(冬休みから始めていれば……、いや、あの頃は本を作ろうなんて、考えもしなかった)

 炬燵でぬくぬく貰ったミカンを食べていた己を呪う。
 必死にスマホと格闘する夏希を、隣の席の健太が呆れて眺めていた。

「今度は何やってんだ? また茅野先生と喧嘩でもしたか? もう一月だし、今時期の喧嘩は致命傷だぜ。俺的には大歓迎だけど」
「喧嘩してない。めっちゃ仲良し。だから、お返ししたくて、頑張ってる」

 夏希はスマホ画面から目を離さずに答えた。
 健太の呆れた溜息が聞こえた。

「はいはい、そうですか。お返しって、何か贈るの?」
「そう思ってるけど、全然うまくいかないし、わかんないことばっかりで、正直泣きそう」

 健太が夏希のスマホを覗き込む。
 恥ずかしくて、すぃと隠した。

「本、作りてぇの? 夏希って、そういうの経験あんの?」
「……ない。だから、困ってる」
「あ、そう。ふぅん」

 健太が考える仕草をしている。

「健太、やり方わかるの?」

 絶対知らないだろ、と思いながら聞いてみた。
 こういうインドアというか、ぶっちゃけ陰キャな趣味とは無縁に見える。

「俺はわかんねぇけど、兄貴が多分、詳しいと思う」
「え⁉ 本当に⁉」

 驚きすぎて腰が浮いた。

「高校の時、美術部の同人誌作ったり、大学でもそういうのやってたと思う。教えてもらえるか、聞く?」

 夏希は首が捥げる勢いで何度も頷いた。
 健太がその場で建優にメッセを打ってくれた。

「去年、夏希を利用してんだから、今度は兄貴を利用してやろうぜ」

 健太が悪い顔で笑いながらメッセを送信した。
 
「健太、あのさ。何か結局、色々助けてくれて、ありがと」

 つい数分前に、知らないだろとか思った自分を反省した。
 健太が照れた顔を逸らした。

「別に。好きな奴が困ってたら、助けたくなんだろ」

 健太らしからぬ小さな声で呟く。
 教室だから、他にも生徒がいる。そういう発言は、夏希のほうがドキドキする。
 健太のスマホが鳴った。

「今日、空いてるってさ。行けるだろ?」

 建優が早速、返事をくれたらしい。
 夏希は素直に頷いた。