「それでね、実はもう一つ、夏希君にお土産があるんだ」
「そんなに? もらい過ぎな気がする」
「そんなことないよ。僕が夏希君にあげたいんだ。特にこれは、夏希君に持っていて欲しいんだ」
話しながら結陽が、隣の部屋に入っていった。
普段あまり入らない、画材などが置いてある部屋だ。
結陽が、額縁を二つ持って戻ってきた。
「え……それ、夏の個展の時の……」
夜明けと夕暮れのグラデーションの絵だ。
「夏希君の話を聞いて描いた絵だよ。夜明けは何回かチャレンジして、自分の目でも見たんだ。夕暮れは二人で何度か狙ったけど、見られなかったよね」
「そうだけど、そうだったけど、結陽さん、これ……」
絵の余白に、文字が書いてある。
夏希は絵に、かじりついた。
どう見ても、夏希が結陽に話した空の話だ。
「なんで? こんな文字書いたら、ダメじゃん! これだって売り物なんでしょ?」
夏希の話なんか描いたら、絵の価値が下がるかもしれない。
留学のことで画商と揉めたばかりなのに、新たな火種を作ってはいけない。
「この絵は売り物にする気、ないよ。空の絵は手元に残すって、前に話したでしょ?」
「そうだけど、でも……」
慌てすぎて最早涙目の夏希の頭を、結陽がポンポンと撫でた。
「この絵はさ、わざと余白を残して描いたんだ。後から文字を書き入れるつもりだったから。夏希君が話してくれた空の話、スマホにメモってたけど。夏希君が自分から送ってくれるようになったから、折角ならちゃんと夏希君の言葉でいれようと思って、そのまま書き込んだんだ」
「なんてことを……」
全身の血の気が下がる思いで、夏希は絵を見詰めた。
「嫌だった?」
「嫌とかじゃなくて、俺の話なんかで結陽さんの絵の価値が下がったらって思ったら……。いやでも、結陽さんが考えたってことにすれば、問題ないのかな」
「問題大ありだよ。夏希君の言葉じゃないと意味ないよ。これは僕と夏希君の合作なんだから」
「合作? 俺と結陽さんが?」
平凡な高校生でしかない自分と天才画家が、何をコラボするというのか。
「僕は夕暮れのグラデーションを、夏希君の言葉だけで想像して描いた。夏希君が僕にイメージをくれた。だからこれは、夏希君の言葉が絵になったんだ」
「俺の言葉が……、いやでもそれは。結陽さんというフィルターを通しているから」
「そう、夏希君の言葉を、僕というフィルターを通して描いた絵だ。合作でしょ?」
ついに言葉が出なくなった。
混乱した頭と血の気が下がる不安と、それを上回る嬉しさを、どう処理すればいいか、わからない。
「この絵は最初から、夏希君に貰ってほしくて描いた絵だよ」
「えぇ……えぇ⁉」
驚きすぎて、叫び声しか出ない。
「本当は大判の絵をあげたかったけど、流石に大きいから、僕のアトリエで保管してるんだ。代わりにポストカードを作ったから、これもあげるね」
手のひらサイズになった絵を渡された。
青空と黄昏が同居する、その中央に夏希が立っている。
自分だと思うと気恥ずかしいが、ポストカードのほうがまだ安心する。
「実はあの絵も買い手が付きそうだったんだけど、断ったんだ」
「え? そうなの? 断ったりして大丈夫なの?」
絵の仕事に関して、結陽は行動も発想も大胆だ。
普段の穏やかさが一変する。加えて、絵画業界の常識を夏希は知らないので、判断ができない。
「他の絵は譲歩したから、文句言われる筋合いないよ。あれは僕の絵だ。僕の夏希君は、誰にもあげない」
結陽がニコリと笑んで夏希を振り向いた。
その笑みが悠然として、有無を言わさぬ静かな迫力があった。
「だからこの絵も、夏希君に貰ってほしいんだ。その為に描いたんだから」
夏希は改めて二枚の絵に目を向けた。
夏の個展の時も、大きく余白が取ってあるとは感じた。
絵のバランスや工夫なんだと思っていた。
(まさか、ここに俺の言葉を書き込むためだったなんて……)
額の上から、絵に添えられた文字をなぞる。
「俺の、言葉……」
「そう、夏希君の言葉。自分の言葉が、どれだけ影響力があるか、わかった?」
「影響力?」
夏希は、結陽を見上げた。
結陽の指が夏希の頬を弱くなぞる。
「夏希君の言葉で絵が描けるくらいの影響力。描きたいと思わせる力、描かせるだけの力が、夏希君の言葉には、あるんだよ」
「だってそれは、相手が結陽さんだから。俺を知ってる、結陽さんだからで」
夏希の言葉を聞きながら、結陽の指が頬を伝う。
「語彙力もないし、ただ思ったこと、話したり書いたりしているだけで」
緩く弱く伝う結陽の指が、夏希の言葉を引き出そうと動く。
何も言わずに触れる指が切なくて、言葉が口から滑り落ちた。
「俺の、たった数行の言葉で、結陽さんはこんなに綺麗な夕暮れ、描いてくれる。そんなの贅沢すぎて、怖いのに、嬉しくて。どうしたらいいかわんないくらい嬉しくて、胸が苦しいくらい、いっぱいになる」
溜まり過ぎた嬉しさが目から溢れ出す。
流れた涙を、結陽の指が掬い取った。
「やっと、夏希君の本音が聞けた。良い子の夏希君の本音を聞き出すのは、いつも大変だよ」
夏希の涙を舐めあげて、目尻に口付けた結陽の唇が吸い取った。
「この絵、貰ってくれる?」
結陽の問いかけに、夏希は頷いた。
「あり、がと。俺、こんなに愛してもらって、良いのかな。結陽さんに貰ってばっかりで、何も返せてない」
「夏希君が好きだ。夏希君じゃなきゃ嫌だ。夏希君以外、いらない」
瞼に、頬に、唇に、結陽の唇が降ってくる。
「溢れるほどの感性も、嬉しい感情も切ない想いも、僕が欲しい総てを夏希君はたくさんくれる。誰からも貰わなかった特別をくれる人は、夏希君だけだ」
結陽の唇が降りてきて、夏希の唇と深く重なった。
「僕が、怖くなく、震えもせずに触れられた相手は、夏希君だけだよ」
結陽の顔が笑んでいる。困ったような、戸惑うような笑みだ。
謙遜は要らないと思った。
ただ結陽を好きでいればいい。その気持ちを真っ直ぐに伝えれば、それでいい。
「これからも俺が、結陽さんの特別でいる。当たり前になるまで、ずっと一緒にいる」
抱えていた絵を大事に置いて、夏希は結陽の顔を抱いた。
結陽が夏希の背中に腕を回した。
「一緒にいよう。当たり前になったら、結婚しようか」
「え⁉」
突然のプロポーズに、思わず驚いた。
結陽が悪戯に笑んでいる。
ちょっと悔しかったから、顔を掴まえて、思い切りキスをした。
「そんなに? もらい過ぎな気がする」
「そんなことないよ。僕が夏希君にあげたいんだ。特にこれは、夏希君に持っていて欲しいんだ」
話しながら結陽が、隣の部屋に入っていった。
普段あまり入らない、画材などが置いてある部屋だ。
結陽が、額縁を二つ持って戻ってきた。
「え……それ、夏の個展の時の……」
夜明けと夕暮れのグラデーションの絵だ。
「夏希君の話を聞いて描いた絵だよ。夜明けは何回かチャレンジして、自分の目でも見たんだ。夕暮れは二人で何度か狙ったけど、見られなかったよね」
「そうだけど、そうだったけど、結陽さん、これ……」
絵の余白に、文字が書いてある。
夏希は絵に、かじりついた。
どう見ても、夏希が結陽に話した空の話だ。
「なんで? こんな文字書いたら、ダメじゃん! これだって売り物なんでしょ?」
夏希の話なんか描いたら、絵の価値が下がるかもしれない。
留学のことで画商と揉めたばかりなのに、新たな火種を作ってはいけない。
「この絵は売り物にする気、ないよ。空の絵は手元に残すって、前に話したでしょ?」
「そうだけど、でも……」
慌てすぎて最早涙目の夏希の頭を、結陽がポンポンと撫でた。
「この絵はさ、わざと余白を残して描いたんだ。後から文字を書き入れるつもりだったから。夏希君が話してくれた空の話、スマホにメモってたけど。夏希君が自分から送ってくれるようになったから、折角ならちゃんと夏希君の言葉でいれようと思って、そのまま書き込んだんだ」
「なんてことを……」
全身の血の気が下がる思いで、夏希は絵を見詰めた。
「嫌だった?」
「嫌とかじゃなくて、俺の話なんかで結陽さんの絵の価値が下がったらって思ったら……。いやでも、結陽さんが考えたってことにすれば、問題ないのかな」
「問題大ありだよ。夏希君の言葉じゃないと意味ないよ。これは僕と夏希君の合作なんだから」
「合作? 俺と結陽さんが?」
平凡な高校生でしかない自分と天才画家が、何をコラボするというのか。
「僕は夕暮れのグラデーションを、夏希君の言葉だけで想像して描いた。夏希君が僕にイメージをくれた。だからこれは、夏希君の言葉が絵になったんだ」
「俺の言葉が……、いやでもそれは。結陽さんというフィルターを通しているから」
「そう、夏希君の言葉を、僕というフィルターを通して描いた絵だ。合作でしょ?」
ついに言葉が出なくなった。
混乱した頭と血の気が下がる不安と、それを上回る嬉しさを、どう処理すればいいか、わからない。
「この絵は最初から、夏希君に貰ってほしくて描いた絵だよ」
「えぇ……えぇ⁉」
驚きすぎて、叫び声しか出ない。
「本当は大判の絵をあげたかったけど、流石に大きいから、僕のアトリエで保管してるんだ。代わりにポストカードを作ったから、これもあげるね」
手のひらサイズになった絵を渡された。
青空と黄昏が同居する、その中央に夏希が立っている。
自分だと思うと気恥ずかしいが、ポストカードのほうがまだ安心する。
「実はあの絵も買い手が付きそうだったんだけど、断ったんだ」
「え? そうなの? 断ったりして大丈夫なの?」
絵の仕事に関して、結陽は行動も発想も大胆だ。
普段の穏やかさが一変する。加えて、絵画業界の常識を夏希は知らないので、判断ができない。
「他の絵は譲歩したから、文句言われる筋合いないよ。あれは僕の絵だ。僕の夏希君は、誰にもあげない」
結陽がニコリと笑んで夏希を振り向いた。
その笑みが悠然として、有無を言わさぬ静かな迫力があった。
「だからこの絵も、夏希君に貰ってほしいんだ。その為に描いたんだから」
夏希は改めて二枚の絵に目を向けた。
夏の個展の時も、大きく余白が取ってあるとは感じた。
絵のバランスや工夫なんだと思っていた。
(まさか、ここに俺の言葉を書き込むためだったなんて……)
額の上から、絵に添えられた文字をなぞる。
「俺の、言葉……」
「そう、夏希君の言葉。自分の言葉が、どれだけ影響力があるか、わかった?」
「影響力?」
夏希は、結陽を見上げた。
結陽の指が夏希の頬を弱くなぞる。
「夏希君の言葉で絵が描けるくらいの影響力。描きたいと思わせる力、描かせるだけの力が、夏希君の言葉には、あるんだよ」
「だってそれは、相手が結陽さんだから。俺を知ってる、結陽さんだからで」
夏希の言葉を聞きながら、結陽の指が頬を伝う。
「語彙力もないし、ただ思ったこと、話したり書いたりしているだけで」
緩く弱く伝う結陽の指が、夏希の言葉を引き出そうと動く。
何も言わずに触れる指が切なくて、言葉が口から滑り落ちた。
「俺の、たった数行の言葉で、結陽さんはこんなに綺麗な夕暮れ、描いてくれる。そんなの贅沢すぎて、怖いのに、嬉しくて。どうしたらいいかわんないくらい嬉しくて、胸が苦しいくらい、いっぱいになる」
溜まり過ぎた嬉しさが目から溢れ出す。
流れた涙を、結陽の指が掬い取った。
「やっと、夏希君の本音が聞けた。良い子の夏希君の本音を聞き出すのは、いつも大変だよ」
夏希の涙を舐めあげて、目尻に口付けた結陽の唇が吸い取った。
「この絵、貰ってくれる?」
結陽の問いかけに、夏希は頷いた。
「あり、がと。俺、こんなに愛してもらって、良いのかな。結陽さんに貰ってばっかりで、何も返せてない」
「夏希君が好きだ。夏希君じゃなきゃ嫌だ。夏希君以外、いらない」
瞼に、頬に、唇に、結陽の唇が降ってくる。
「溢れるほどの感性も、嬉しい感情も切ない想いも、僕が欲しい総てを夏希君はたくさんくれる。誰からも貰わなかった特別をくれる人は、夏希君だけだ」
結陽の唇が降りてきて、夏希の唇と深く重なった。
「僕が、怖くなく、震えもせずに触れられた相手は、夏希君だけだよ」
結陽の顔が笑んでいる。困ったような、戸惑うような笑みだ。
謙遜は要らないと思った。
ただ結陽を好きでいればいい。その気持ちを真っ直ぐに伝えれば、それでいい。
「これからも俺が、結陽さんの特別でいる。当たり前になるまで、ずっと一緒にいる」
抱えていた絵を大事に置いて、夏希は結陽の顔を抱いた。
結陽が夏希の背中に腕を回した。
「一緒にいよう。当たり前になったら、結婚しようか」
「え⁉」
突然のプロポーズに、思わず驚いた。
結陽が悪戯に笑んでいる。
ちょっと悔しかったから、顔を掴まえて、思い切りキスをした。



