君が待ちわびる黄昏で

 冬休みと同時に結陽が和歌山に帰った。
 実家から帰って来いと催促があり、予定を早めて休みと同時に出発した。
 数日後、夏希の家に大きな段ボールに入った大量のミカンが届いた。

「有言実行というか、結陽さん、まだ帰ってきていないのに」

 むしろ和歌山に戻ったばかりなのに、と思いつつ、お礼のメッセを入れた。
 年末を家族と過ごし、年始は健太と初詣に行った。
 二日には、父親と母親の実家に新年の挨拶に行く、いつもの正月を夏希は過ごした。

 年末年始、結陽とメッセのやり取りをしながら、空の話を送る。
 去年と違うのは、それだけだ。
 たったそれだけの、大きな違い。自分の人生が大きく変わったような気がしていた。

 夏希の高校も、結陽の美大も、冬休みが一月七日までだったので、結陽は五日にはアパートに戻ってきていた。
 戻った日は忙しいだろうと、次の日の六日、夏希は結陽のアパートに出向いた。

「あ、あけましておめでとうございます。おミカン沢山、ありがとうございました」

 部屋に入って、ぺこりと頭を下げる。
 
「あけましておめでとうございます。どういたしまして。和歌山のミカン、美味しいでしょ?」
「大きいし、甘かった。これ、うちの親から」

 夏希は母親に渡された菓子折りを差し出した。
 以前、神社の神主さんがくれたマドレーヌのケーキ屋さんの、別のお菓子だ。
 母親が昔、パートしていた店だから、贈り物には良く利用する。
 夏希も、この店のお菓子やケーキが好きだ。

「親御さんから?」

 結陽が、ちょっと驚いた顔をしている。

 みかんの贈り物は両親が大層喜んだ。
 同時に結陽が有名な画家だと知り、とても驚いていた。
 両親には友達だと話しているが、母親には何となくバレている気がする。

「両親が、すごく喜んでた。ありがと」

 照れた心持で結陽を見上げる。
 結陽が嬉しそうに笑んだ。

「夏希君の御両親に喜んでもらえるのは、嬉しいな。こちらこそ御馳走さまですって、お伝えしてね」
「うん……」

 お菓子を覗きながら、結陽が嬉しそうに部屋の奥に入った。
 
(ベッド以外だと、やっぱり夏希()なんだよね。最中や事後は夏希って呼び捨てなのに)

 別に不満ではないし、そのギャップが好きだったりするのだが。
 何となく意識して、ぎこちなくなる自分が恥ずかしい。
 結陽がそういう夏希を楽しんでいるっぽい所が、余計に恥ずかしい。

(結陽さん、普段は穏やかでおっとりしてるのに、そういうところは男らしいというか、強いというか)

 などと考えながら、夏希も結陽について奥の部屋に入った。
 部屋の中がいつもより閑散としている。物が少ないし、綺麗に片付けられていた。

(そっか。二月から、いないから。もう一カ月もないんだ)

 結陽の出発日は二月二日だ。

「ねぇ、部屋って、どうするの? やっぱり引っ越すの?」

 一年半もいないのだから、実家に荷物を戻したりするんだろうか。

「あぁ、このまま借りっぱなしだよ。だから、はい」

 夏希の手に、結陽が鍵を置いた。

「居ない間、使っていいよ。時々、空気の入れ替えしに来てくれると、助かる」
「は? え?」

 よくわからなくて、鍵を置かれた手をどうにもできない。

「戻ってきたら僕は美大の三年生で、また学校に通うから。それに、予定は一年半だけど、早まったり長引いたりするかもで、期間がはっきりしないんだ。だから、借りっぱなしがいいかと思って」
「そうなんだね」

 結陽の絵は高額だし、稼いでいるからいいのかもしれないが。
 本人がいない時に部屋を使うというのも、気が引ける。

「一応、大家さんには夏希君のこと、話してあるから、大丈夫だよ。僕がいない間、部屋を使う友人がいますって。大家さん、夏希君のこと知ってたから、良いって言ってくれたよ」
「え? そうなの?」

 地元だから、親の関係で顔や名前が知れているパターンは多いだろうが。
 
「熊野神社の神主さんも、夏希君を知ってたよ。鳴瀬さんちの息子さんって。有名人なんだなって思った」
「結陽さんほどじゃない……。地元だからってだけだよ。うちの父親、市役所の職員だから」

 地域住民に接する機会が多い分、覚えられやすい。
 だから夏希も、あまり目立ったことはしたくないと思って生きている。

「なるほど、そっかぁ。でも、それだけじゃない気がする」
「それだけだよ。母親だって、昔、ケーキ屋さんでパートしてただけだし、有名になる要素がない」
「そうじゃなくて。大家さんも神主さんも、夏希君を良い子って話していたから。夏希君自身が、ちゃんと見られてるんだなって」
「えぇ……、悪目立ちするようなこと、してないはずなのに」

 そうならないように気を付けて生きてきたのに、ちょっとショックだ。

「いや、だから、そうじゃなくて……。あぁ、でも。東野さんちの健太君と仲良しっていうのも、話してた」
「その悪目立ちは回避が難しいからね」

 健太は地元で夏希以上に有名人だ。
 中学の頃は、よく一緒にいたから、印象が深いんだろう。

「それは、僕がヤキモチ妬くかな。僕がいない間に、健太君に夏希君を持っていかれちゃったら、どうしよう」

 結陽が夏希に抱き付いた。

「ない。それはない。健太とは絶対、恋人になれない。友達がギリ」

 きっぱり言い切ったら、結陽が微笑んだ。

「冗談だよ。夏希君にそういう心配、してない。浮気するくらいなら、僕と別れるよね」
「浮気しないし、別れない」

 もう一度、言い切ったら、ほっぺをツンと指で押された。

「うん、離さない」
 
 耳を甘噛みされて、ぞわりと皮膚が痺れる。

「頂いたお菓子、一緒に食べよう。コーヒー淹れるね」
「うん、ありがと。一緒にやる」

 結陽と一緒に台所に移動する。
 こんな風に何気なく流れる日常が、今は新鮮で特別だ。